エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
自室からリビングへ向かう。ゆっくりとドアを開いたら、うろうろと落ち着きなく歩いていた朔とばっちり目が合った。
「ごめん!叫び声がしたから、その……」
朔が速攻で謝ってくる。
悪いのは私のほうなのに、本当に焦燥した様子にさらに気まずさが増していく。
「私のほうこそ、着替えがなくて、その……部屋に取り行こうとしたら、雷にびっくりしてごめん」
謝ったけど、バツが悪くて不貞腐れた言い方になった。
ああ、もっと、可愛げがほしい。
というか、ここは笑って「全然いいよー!こちらこそごめんね」みたいに軽く流すべきだったかもしれない。
「今ので停電したみたいだ。すぐに戻るとは思うけど」
「そ、そっか」
「俺、風呂入ってくるから。ここ暖房つけてたし、まだあたたかいから復旧するまでいとけば?」
「うん」
朔がそそくさと出て行く。ポーカーフェイスは変わらずだけど、これは気を遣われている。
やっぱり見られたな。
雨の日の廊下、雷で電気が消えたとはいえまだ日が落ちてない時間だ。こっちは朔の姿がはっきりと見えていたわけだし、あちらからは見えていないなんて奇跡はなさそう。
「いや、落ち着こう。私たち一度はそういうことした仲だし、もういい大人だし、恥ずかしがることない」
そう言いながら、ひとりになったリビングで私はソファーに腰を下ろした。
そうだ、私たちもうお互いの裸を知っている。恥ずかしくない。そんな十代みたいな心はこの際無にしないと共同生活が破綻する。
「そもそもこんな貧相な身体じゃ、朔も欲情しようがないよね」
食事量が減って、薄くなった身体。骨ばって女らしくないと自覚もある。
『お前ちょっと痩せすぎじゃね?』
昔、投げられた言葉が頭の中で蘇ってくる。元彼に言われたことがある。初めて私の裸を見た時のあの引き攣った表情。
倒れる前から食が細くなっていた。それでも他人に言われるとさらに傷つく。結局、その時は気まずくなってセックスできなかった。その後に英里子との浮気で破局したけど、この時から既に終わっていたのだ。
思い出すと鼻の奥がつんとして、喉の奥から熱いものが迫り上がってくる。
元彼の目が異質なものを見るみたいだった。『気持ち悪い』と言外に含まれていた。
見られたくなかったなぁ。
朔には気持ち悪いと思われたくない。
ソファーの上で膝を立てて涙を抑えようと顔を押し付ける。泣いてたら朔がまた気にしちゃう。上がってくるまでに気持ちを立て直さないと。
でも、全く違うことを考えようとしてもなかなかできない。もどかしさに苛立ちすら湧いてきた時、耳が廊下の足音を拾う。顔を上げたら、背後でドアが開く音がした。
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