エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
毛布が大きいからって、大人ふたりが包まるには距離を詰めないといけない。朔の上腕が私の肩に当たる。
あたたかい。あたたかいけどこの状況はまずい!
それなのに、朔はいきなり私の手を握ってくるからさらに困る。
「手冷たいじゃん」
「わ、私、末端冷え性で!」
「ったく、風邪引くなよ」
そう言いながら手を摩ってくる。優しくて、まるで大事なものを扱うような手つき。
ここまで心配するのは、やっぱり……昔私が風邪引いたこと気にしてる?訊いてみるべき?いや、訊いて逆にどうする?その後のプランがない!
心の中で頭を抱えて右往左往してあるうちに、窓の外で雷光が走り、容赦なく空気を裂く音が続く。あまりの音に思考の渦に囚われていた私は驚いて、反射的に朔のスウェットの袖を掴んだ。
「近くに落ちたな」
「う、うん。ごめん」
慌てて離れようとしたら、朔の腕が背中に回って阻止された。それだけじゃなくて、ぐいっとさらに抱き寄せられる。顔が近くなって慌てて下を向く。心臓が最速で早鐘を打ちまくる。風呂上がりの少し湿った空気と彼の香りが近くなって思考が止まる。
「俺さ、雨が降るたび思い出してた」
何をと聞かなくてもさすがにわかる。あの思い出が忘れられていなかったことへの嬉しさと今抱き寄せられていることへの含羞とが混ざり合って、声が出ない。
「柚瑠」
朔の低い声が耳を掠める。甘い蜜に誘われる蝶のようにその声音に顔を上げたらキスされた。
チュッと小さくリップ音を立てて朔の唇が離れる。頬を朔の両手で包まれて、至近距離で見つめられると恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。
キス……どうして?里見さんは?
そう問う前に二回目のキスがされ、私の頭の中は呆気なくその甘美な感触だけに支配される。何度も繰り返される優しい口付けに陶然としながらも伏せていた瞼を上げると、朔の凛々しくも美しさにさらに酔う。
「口開けて」
彼の骨張った親指が私の下唇を這う。ぞくりと甘い震えが走って、魔法にかかったみたいに自然と唇が開く。
口内に入ってくる彼を受け止めると、身体から力が抜けていく。ふわふわと揺蕩うような感覚が気持ちよくて、現実ではないような気分になってくる。
これ、夢、かな?
今、目が覚めてベッドの上だったとしても驚かない。残念ではあるけど、すごくいい夢だったなって一日気分良く過ごせそうなくらい。
その時、チカチカと光が点滅して電気がついた。シーリングライトへ気が逸れたけど、すぐに朔の手が顎を掴んできて引き戻される。
浅く、深く、味わうような口づけに息も上がってきて、雨音に吐息が混じる。それが淫靡で、さらに昔の記憶まで呼び起こして身体を熱くしていった。
その時、ピンポーンと来客を表す音がリビングに鳴り響く。私は驚いて唇を離した。
「さ、朔」
「無視」
「え……んっ」
私の耳を両手で塞ぎ、玄関の方向からぐいっと自分に向ける。そして、また口付けが始まったと同時にピンポンピポンピンポンと連打が始まった。異常なまでのそれに全くキスに集中できない。
「ったく、誰だ!?」
さすがに朔もソファーから立ち上がる。青筋を立てる彼の後についていって、モニターを覗き込むとそこにいた人に目を丸くした。
「母さん?」
朔が驚いた声を上げる。彼も予想していなかったらしい。朔が通話に出ると京子さんは眦を吊り上げた。
「ちょっと早く開けてよ!行くって連絡したでしょ!」
「知らない。いつ?」
「三十分前」
「急すぎる。携帯見てない」
「とにかく中に入れて!」
ここで問答をしていても埒が開かない。ロックを解いて中に通す。
玄関のドアを開けて待っていると、スーツケースを引いた京子さんが現れた。
「柚ちゃん、久しぶり〜!挨拶行けなくてごめんね!」
「い、いえ」
「何しに来たの?」
「あんたはほんとに冷めてるわね」
「と、とりあえず上がってもらおうよ?」
このまま玄関先で話す勢いの朔の袖を引っ張る。リビングに入って京子さんはよっこらしょとソファーに座った。
「いい部屋ねー」
「ありがと。じゃあさっさと帰……」
「私、住む場所決まるまでここにいるわ」
「はぁ?」
追い出しにかかろうとしていた朔の眉間がこれでもかと皺を寄せる。
「横浜の実家行けばいいだろ」
「オフィスの場所がこっちのほうが近いの。ねぇ、いいでしょ?」
「部屋ない」
「リビングでもクローゼットでも寝れたらいいから」
「わ、私の使ってる部屋でよければ!」
なんだか不穏な空気に私が慌てて申し出ると朔からギロっと睨まれた。
「お前がそこまですることない。ホテル行けば?」
「んまぁ!冷たい子!大雨の中、母親を放り出すなんて」
「朔、私は大丈夫だから」
「でも……」





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