エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
「強要するなよ」
篠田くんの腕を掴みながら私の前に入ってくる人影。
色素の薄い茶髪に肌理が整った肌、通った鼻筋に薄い唇。少しきつそうな印象を与える吊り目の双眸。男性なのに美しいと見惚れる容姿で頭一個分以上高いその人物に私は大きく口を開けた。
朔だ。
「えー、工藤。つれないこと言うなよー」
「うざい。あと、酒臭い」
酔った篠田くんが朔に肩を組んできたのを、面倒そうに手であしらう。大柄の篠田くんも長身の朔と並ぶとそこまで大きく見えない。
一瞬、朔の登場で気を取られていたのが、また胃がぐっと締まって喉が熱くなる。咄嗟に口を押さえて、私は数歩先に見えているトイレへ一目散に走り込んだ。
幸い、その場には誰もいなかった。手前のトイレに入り、吐いた。
時々咳き込みながら、胃液とともに吐き出されるフルコースの成れの果て。薬を飲んできたのに、ストレスのほうが上回ったのかドクドクと心臓が動きを速めて、こめかみが岩に打ち付けられたように痛む。
「はぁ、くるし……」
ようやく出すものもなくなり、吐き気もなくなってくる。しばらく蹲ったまま目を瞑っていたら、だいぶ動悸も治まってくる。でも、立ち上がると、目眩がした。そこでまた目を閉じてしばらく深呼吸を繰り返す。手足に感覚が戻ってきたところで、なんとか踏ん張って洗面台に行き、口を濯ぐと気持ち悪さが少しマシになる。
……無理しすぎたかな。
最後の最後で情けない。でも、式中は乗り切れた。それだけでもよしとしたい。後は帰って寝る。ただ、それだけすれば花丸。その目標を支えにトイレから出た。
でも、廊下に出たところで大きな壁が現れた。正確には壁ではなく背の高い男が立っていた。
「朔……」
「大丈夫か?今にも死にそうな顔してるけど」
朔は凭れかかっていた壁から離れて、私へと身体を向ける。私は彼を直視できずキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「う、うん。みんなは……」
「帰ったり二次会行ったりだな。誰も残ってない。あいつら心配してたけど、適当に言っといたから」
篠田くんと紀香ちゃんを朔が誤魔化してくれたようだ。無様な姿を見せてしまって恥じると同時に変に体調のことを追及されずに済んで安堵する。いや、これから朔に追及されるかもしれない。そうなる前に早くここから離れて……。
「俺、車で来てるから送っていくわ」
さっさとバイバイしようとしていたら、朔が私の荷物に手を伸ばす。反射的に身体が一歩退いてその手を避ける。
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