エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
「い、いや……」
「っていうか、その足取りでひとり帰れないだろ。途中で倒れて救急車呼ばれるほうがいいか?」
ギロッと睨まれて、言葉に詰まる。体力も気力もほぼゼロ状態で、電車に乗って帰るのは正直つらい。
反論しない私に了解を得たと思った朔は私から荷物を取り、先に歩いていく。私はもうついていくしかない。でも、歩くこともつらい事実。この際、タクシーを捕まえる手間が省けた。と思うようにして素直にトボトボとついていった。
外に出ると八月の蒸された空気にうっと吐きそうになる。夜になってもまだ熱気のある風から耐えるようにひたすら歩くことだけに集中する。
式場の駐車場に停まっている黒のSUVが朔の車だった。そこの後部座席に乗り込んだら、運転席の朔が何か差し出してくる。ペットボトルの水が暗い車内に差し込む街灯の光を鈍く反射させる。
「ほらよ」
「あ、ありがと」
わりと冷えている。もしかして、トイレに籠っている間に買ってきてくれたのか。キャップを捻って開け、一口飲む。喉が胃液で不快感を帯びていたのが一気にスッとした。冷房もだいぶ効かせてくれて、身体が徐々にいつもの感覚を取り戻す。
「だいぶ落ち着いたか」
「うん……」
「本調子じゃないのに、よく来たな」
暗に私の現状を把握しているという含みがあった。驚いて顔を上げる。ルームミラー越しに目が合った朔は、私とは違い平静としていた。
「……なんで?」
「お前の母親と俺の母親、未だに繋がってんだよ」
朔の母とうちの母は幼馴染だ。でも、今も連絡を取り合っているとは知らなかった。朔がアメリカに行ってから母から話題に出てこなかったから。
また胃がキリキリ痛み出した。
「どこまで聞いてるの?」
「体調悪くて実家に戻ってきてるくらい。おばさんも心配で俺の母親に相談したんだろ」
気づかなかった。
あの日、動けない私を母は一目見て息を呑み、すぐに料理を始めた。卵粥にネギと豆腐のお味噌汁。冷蔵庫に辛うじてあったものだけで作ったからシンプルだった。空っぽの胃には少ししか入らなかったけど、久しぶりの母の味に安心して勝手に涙が出た。そこからとつとつと母に仕事を辞めたことを話した。それまで誰にも話せずにいたのを、ようやく話ができた。母は黙って話を聞いた後、「家に戻ってらっしゃい」と優しく言った。
いい年した大人なのに世話をかけたことを恥じながら、両親がいてくれて、帰れる場所があることが今になってありがたく感じた。
父も母も私の前では明るく気落ちしたふうを見せないけど、朔の母に相談しているということはかなり心配をかけてしまっている。
「っていうか、その足取りでひとり帰れないだろ。途中で倒れて救急車呼ばれるほうがいいか?」
ギロッと睨まれて、言葉に詰まる。体力も気力もほぼゼロ状態で、電車に乗って帰るのは正直つらい。
反論しない私に了解を得たと思った朔は私から荷物を取り、先に歩いていく。私はもうついていくしかない。でも、歩くこともつらい事実。この際、タクシーを捕まえる手間が省けた。と思うようにして素直にトボトボとついていった。
外に出ると八月の蒸された空気にうっと吐きそうになる。夜になってもまだ熱気のある風から耐えるようにひたすら歩くことだけに集中する。
式場の駐車場に停まっている黒のSUVが朔の車だった。そこの後部座席に乗り込んだら、運転席の朔が何か差し出してくる。ペットボトルの水が暗い車内に差し込む街灯の光を鈍く反射させる。
「ほらよ」
「あ、ありがと」
わりと冷えている。もしかして、トイレに籠っている間に買ってきてくれたのか。キャップを捻って開け、一口飲む。喉が胃液で不快感を帯びていたのが一気にスッとした。冷房もだいぶ効かせてくれて、身体が徐々にいつもの感覚を取り戻す。
「だいぶ落ち着いたか」
「うん……」
「本調子じゃないのに、よく来たな」
暗に私の現状を把握しているという含みがあった。驚いて顔を上げる。ルームミラー越しに目が合った朔は、私とは違い平静としていた。
「……なんで?」
「お前の母親と俺の母親、未だに繋がってんだよ」
朔の母とうちの母は幼馴染だ。でも、今も連絡を取り合っているとは知らなかった。朔がアメリカに行ってから母から話題に出てこなかったから。
また胃がキリキリ痛み出した。
「どこまで聞いてるの?」
「体調悪くて実家に戻ってきてるくらい。おばさんも心配で俺の母親に相談したんだろ」
気づかなかった。
あの日、動けない私を母は一目見て息を呑み、すぐに料理を始めた。卵粥にネギと豆腐のお味噌汁。冷蔵庫に辛うじてあったものだけで作ったからシンプルだった。空っぽの胃には少ししか入らなかったけど、久しぶりの母の味に安心して勝手に涙が出た。そこからとつとつと母に仕事を辞めたことを話した。それまで誰にも話せずにいたのを、ようやく話ができた。母は黙って話を聞いた後、「家に戻ってらっしゃい」と優しく言った。
いい年した大人なのに世話をかけたことを恥じながら、両親がいてくれて、帰れる場所があることが今になってありがたく感じた。
父も母も私の前では明るく気落ちしたふうを見せないけど、朔の母に相談しているということはかなり心配をかけてしまっている。