エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
私は今日会った里見さんとのことや、偽装結婚のことはもちろん伏せて、朔が自分のためにマンションを用意してくれたことを話した。京子さんは私の話が終わるまで静かに傾聴してくれていた。
「私、朔がしてくれたこと何も知らなくて。申し訳ない気持ちになって、どうしたらいいのか」
「確かにちょっと愛が重いわよね」
「お、重いっていうか」
少し種類が違うような気がしたけど、訂正する前に京子さんは頬杖をついてから、ため息とともに天井を見上げる。
「あの子もねぇ、不器用なのよ。言葉足らずというか。弁護士のくせに、プライベートでは口が立たないのよねぇ。そういうところが元旦那似だわ。私に似たら思ったことすぐ言っちゃう……っていうのも問題だわね」
笑いを誘うように話してくれる。陽気な京子さんのおかげで自然と笑みが零れる。話すだけで幾分気が楽になっていた。私にはこういう機微ができないから尊敬する。
「つまり、柚ちゃんは何か返さなきゃと思うってことよね?」
「そうですね。でも、私に返せることなんて」
「金額じゃないのよ。大切なのは気持ちよ、気持ち!」
チチチと人差し指を目の前で振られる。確かに金額よりも内包される気持ちのほうが大切だとは思う。そもそも、マンションと同額のものを買える財力が私にはない。
「っていうか、私は男が勝手に用意したプレゼントは負い目なくもらってもいいと思ってるんだけど、何か相手にしてあげたいって思うことはいいことだと思うの」
京子さんがそう言いながら腕組みをして肘を指でノックする。その指が止まった途端、閃いたとばかりに彼女の双眸がぱっと開いた。
「柚ちゃん、ちょっとバイトしない?」
「バイト、ですか?」
「そう、私のところでね。簡単な事務仕事だけど、バイトでもお給料は弾むからさ。それで、朔に何かプレゼントしたらどう?来月あの子誕生日でしょ」
十二月は朔の誕生日だ。確かに自分の稼いだお金で何かプレゼントしたい。貯金はあるけど、ちゃんと社会復帰できたという証として。正直まだ自信はない。けれど、変わりたいと思っていた気持ちが瞬時に膨らんで不安を押しのける。
朔にプレゼントしたい!
そこで、やっと「好きだ」と自信を持って言える気がする。きっと朔も喜んでくれるはず。
「お、お願いします!」
私は勢いよく頭を下げたらテーブルに額を強打してゴンと鈍い音を立てた。
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