「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
「え?結構です、一人でも…」

「絶対ムリだろ。まず、君は自分がベロベロに酔っていることから自覚しなさい」


何回断っても、相手も結構頑固で引く気がしない。だからと言って、入社したばかりの会社の、おそらく上の幹部らしき人…にこれ以上迷惑をかけてはいけない。私は結局妥協して、ちょうど隣にあった公園のベンチを指で差した。


「分かりました…じゃあ、あそこで酔いを冷まします」


謎の人は納得いかない顔だったけど、私の要望通りベンチまで私を支えてくれた。やっとベンチに腰掛け、私は「はあ…」と長く深呼吸をした。


「気分が悪かったりするか?」

「あ、いいえ…ここで一休みしてから帰ります」

「いや、私も一緒にいよう」


そう言って、又勝手に隣に座ってしまう。もうこの人は何を言っても私を一人にする気はないらしい。そう思った私は、これ以上遠慮せず口を閉じ、カバンの中のペットボトルを出した。少しでも早く酔いを覚まして、さっさとこの人を帰らせるつもりだった。

誰もいない公園のベンチ。薄暗い照明だけが二人を照らし、昆虫の鳴き声が聞こえる。そういえば、ここにいる虫も実は魂だったりして…。ぼんやりとそんなことを考えていると、ふとこの謎のイケメンが誰なのか、本当に気になり始めた。


「あの…すみません。本当に、あなたは誰ですか?」


謎の人はその質問に夜空を見上げた。何かをずっと考えているようにじっと視線を上においた彼が、ゆっくりとその視線を私の目と合わせた。


「君は、どうしてこの会社の入ったのか?」

(え、面接でもするつもりなの…?)


いきなり面接モードに入ったベンチの上。私はどう答えるか少し考えた。適当に誤魔化すのも選択肢もあったけどー私はなぜか、素直に話していた。


「…叶えてほしいことがあるんです」

「『叶えてほしいこと』?」


これは、きっと酔っているからだ。酔って頭がうまく回らないせいだ。決して、寂しいからとか、実は今すごく不安だから…とかの理由ではなく。そう、アルコールに精神が支配されているから。もしくは、この綺麗すぎる謎の人が、私になにか魔法をかけたから、かもしれない。


「私、目を覚ましてみたらこの世界にいて」


勝手に口が言葉を出す。謎の人はただ何も言わず、そのまま聞いているだけ。


「記憶を取り戻せるかも、と思って…この会社に入社しました」


ーそう、約一週間前。
気がついてみると、私は「この世界」にいた。
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