「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
狭いワンルームの真ん中で目を覚めた瞬間、目に入ったのは知らない天井、又窓越しの知らない風景だった。朦朧とする意識の中、私はなぜかここが死後の世界で、もう既に自分が死んでいたことを分かっていた。

でも、知っているのはそれだけ。ひどい頭痛に結構長い時間苦しんだ後、やっと自分の名前だけは思い出した。


「綾月…利映」


でも、本当にそれだけ。私は一体何歳なのか、自分がどういうわけでここにいるのか、全く思い出せない。「死んだ」ということは確実だけど、どう死んだのかすら分からない。混乱する中、私は立ち上がり部屋の中をゆっくり見回した。部屋の中は綺麗に整理整頓されていて、その中で壁に貼ってある一枚の書類が目に入った。

(株式会社Far Far Away…ダサい名前…)

どうやら自分は、このダサい名前の会社の説明会に行こうとしていたらしい。ハンガーに綺麗にかけてある黒いスーツはどう見ても面接用だったから。しばらく悩んだ私は、過去の自分がしようとしていたことをそのまま実行することに決めた。


説明会にはとても多くの人がいて、皆真っ黒のスーツを着ていた。私は恐る恐る空いている椅子に腰掛け、会が始まるのを待った。100個くらいの椅子がほぼ埋まったとき、担当者らしき人がプレゼンを始めた。


「我社の説明会に参加していただき、誠にありがとうございます。私は採用担当の杉山と申します。早速ですが、皆さんは弊社の『営業部』への就職希望でよろしいでしょうか?他の部署の希望はございませんか?」


会場の誰も特に声を発しない。それが肯定の意味だと受け入れた担当者は、早速次のスライドをスクリーンに映した。


「ではまず、皆さんが今いるこの世界に関して説明しましょう。皆さんも御存知の通り、ここは『死後の世界』です。ーここに来た死者の魂は、みんな集まって船に乗ってレーテーの川を渡ります」


ありがたくも、まるで何も覚えていない私の為に用意したかのように、この奇妙な世界に関する説明が淡々と耳に入ってくる。私はまるで小説か漫画を読む感覚で、その説明をずっと聞いていた。しばらくこの世界に関する話をしていた担当者は、引き続き「営業部」の業務に付いて説明を始めた。


「弊社の『営業部』の役目は、人間界で亡くなった方たちが無事こちらへ来られるよう、道標になることです」

(「道標」…)

「人間界の人たちは私たちを『死神』と呼び、そう簡単に信用してくれません。それによってやってくる危険もあります。我々はもう既に魂の状態ですが、だからと言って我々が無敵ということではありません。実際この業務を行う途中、致命傷を受け、魂が消滅してしまった例もあります。しかし、そのリスクを負ってでも、誠実に実績を出してくれた方には、絶対的な特典を与えます」
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