「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
突然大きいスクリーンに「666」という数字が表示される。何故か見覚えのあるその数字をじっと見ていると、又説明が続く。会場の雰囲気を探ると、ここにいる人たちは皆この数字の意味をもう知っている様子だった。
「弊社の営業マンになり、666人の魂を無事導くことができた方には、この世界を作り出した閻魔大王にどんな願いでも一つだけ、申すことができます。どんな願いでも結構です」
ー閻魔大王。
その言葉を聞いた瞬間、一瞬胸がドキッとした。理由は分からない、でも妙にその単語に馴染みがある。この胸騒ぎの意味がなんなのか、記憶を失っている自分としては分かるはずもない。
「『死神』の業務は決して楽なことではありません。きっと皆さんは今まで味わったことのない深い絶望や、人間の命の儚さに気づき、何度も絶望することになるでしょう。それでも、たった一つの願いのためこの茨の道を選ぶのなら、我々はあなたを歓迎します。それでは面接場でお会いできる日を楽しみにしています」
その言葉を最後に、説明会は終わった。早速会場を出ていく人たちに混ざり、私も外へ出た。
これからどうすれば良いのか全く分からず、ただ前に向かい進む。どれくらいの時間が経っただろうか、私はふと顔に当たる風の変化に気づき、顔を上げた。
「うわ…」
そうか、ここがあの「レーテーの川」なんだ。
説明会に出てきた噂の川は、実際に目にするともっと迫力のある場所だった。とても大きく、とても美しく、でもどこかやはり…悲しさを感じさせる場所。私はそのまま立ち止まり、ターミナルから出港する数々の船たちを目で追った。
川の奥へたどり着いた船がまるで霧に飲み込まれるかのように去っていくのを何回か見届けると、周りはもう温かいオレンジ色に染まっていた。私はその場に立ち止まったまま、結構長い時間その不思議な風景を眺めていた。するとなんだか、胸の奥から複雑な感情が波のように流れて来た。
(この世界にも、夜はやってくるんだね…)
目を開けてみたらもう死んでいて。
目を開けてみたら未知の世界に落ちていて。
私は一体何者で、どうして死んでしまったのか。
このままこの世界のルール通りあの船に乗り、レーテーの川を渡ったら…結局自分のことは全く分からないまま、又別の人間として生まれ変わることになる。
ーそれで、本当にいいの?
説明会で聞いた話を思い出す。「死神」の仕事は辛いけど、補償としてどんな願いでも聞いてくれる、確かそう言った。なら、私の無くなった記憶も取り戻してくれるはず。
(ならば答えは一つしかない)
私は手に持っていたパンフレットをギュッと握り、そのまま歩き出した。訳の分からない不安や胸騒ぎから少しでも早く逃げたくて、私はとても必死だった。
「弊社の営業マンになり、666人の魂を無事導くことができた方には、この世界を作り出した閻魔大王にどんな願いでも一つだけ、申すことができます。どんな願いでも結構です」
ー閻魔大王。
その言葉を聞いた瞬間、一瞬胸がドキッとした。理由は分からない、でも妙にその単語に馴染みがある。この胸騒ぎの意味がなんなのか、記憶を失っている自分としては分かるはずもない。
「『死神』の業務は決して楽なことではありません。きっと皆さんは今まで味わったことのない深い絶望や、人間の命の儚さに気づき、何度も絶望することになるでしょう。それでも、たった一つの願いのためこの茨の道を選ぶのなら、我々はあなたを歓迎します。それでは面接場でお会いできる日を楽しみにしています」
その言葉を最後に、説明会は終わった。早速会場を出ていく人たちに混ざり、私も外へ出た。
これからどうすれば良いのか全く分からず、ただ前に向かい進む。どれくらいの時間が経っただろうか、私はふと顔に当たる風の変化に気づき、顔を上げた。
「うわ…」
そうか、ここがあの「レーテーの川」なんだ。
説明会に出てきた噂の川は、実際に目にするともっと迫力のある場所だった。とても大きく、とても美しく、でもどこかやはり…悲しさを感じさせる場所。私はそのまま立ち止まり、ターミナルから出港する数々の船たちを目で追った。
川の奥へたどり着いた船がまるで霧に飲み込まれるかのように去っていくのを何回か見届けると、周りはもう温かいオレンジ色に染まっていた。私はその場に立ち止まったまま、結構長い時間その不思議な風景を眺めていた。するとなんだか、胸の奥から複雑な感情が波のように流れて来た。
(この世界にも、夜はやってくるんだね…)
目を開けてみたらもう死んでいて。
目を開けてみたら未知の世界に落ちていて。
私は一体何者で、どうして死んでしまったのか。
このままこの世界のルール通りあの船に乗り、レーテーの川を渡ったら…結局自分のことは全く分からないまま、又別の人間として生まれ変わることになる。
ーそれで、本当にいいの?
説明会で聞いた話を思い出す。「死神」の仕事は辛いけど、補償としてどんな願いでも聞いてくれる、確かそう言った。なら、私の無くなった記憶も取り戻してくれるはず。
(ならば答えは一つしかない)
私は手に持っていたパンフレットをギュッと握り、そのまま歩き出した。訳の分からない不安や胸騒ぎから少しでも早く逃げたくて、私はとても必死だった。