「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
(私は、入社して間もない会社で、社長と寝てしまったのか…)
ソファーに座り、一週間前のことを振り返る。あのとき、体に残った赤い跡がまだ完全に消えてもいないのにーショック過ぎる事実を知ってしまった。
いくら自分に関する記憶を失くしたとはいえ、ある程度常識は知っている。まさか、社長だったとは。私は飲み会で彼に面と向かって「誰?」と聞いたことや、あの夜あんなことこんなことをしたりさせたりしたことを思い出した。色々恥ずかし過ぎて、顔を上げることすらできない。
(死ぬほど恥ずかしい…いや、もう死んでいるけど)
「ー紅茶」
「はいっ?!」
「紅茶でいいか?」
「あ、はい…」
私の返事を聞いた社長が直接立ち上がり、部屋の端っこにある食器棚から諸々出す。この無彩色に包まれた部屋の雰囲気とは真逆に、棚から出されたティーセットはとても可愛らしく、そのギャップが不思議に思えた。静かな空気の中、コポコポ…とポットからお湯が流れる音だけが響く。しばらくしてこちらに戻って来た彼が、お盆からカップを下ろして私の前に差し出した。とてもいい紅茶の香りが私の鼻を刺激する。私は遠慮せずそのティーカップを手にした。
「…いただきます」
紅茶からはとても甘いバラの香りがした。これは、来客用?それとも社長本人の趣味?色々考えていたら気づかぬうちに目線が合い、私はすぐ目をそらした。あのときは雰囲気に流されて色々やったけど、やっちゃいましたけどー!流石に、正体を知ってしまったからには…。落ち着くことができず、キョロキョロ視線を動かす私を見て社長がふっ、と笑った。
「面白い」
「え?」
「あのときはあれだけ堂々と私を挑発しておいて、私が誰かと知った瞬間目も合わせなくなる。その差が面白いと思って」
「そ、それは…その…酔った勢いと言うか…なんと言うか…」
「あのときの君も中々迫力あったけど、今は今で面白い。普段の君はどっちに近いんだ?」
(この人、完全にこの状況楽しんでいる…!)
ムカッとするけど、まさしくその通りなので、なにも答えなかった。ただこの状況が気まずくて、出された紅茶をちびちび飲むだけ。そしてカップの中が空になった頃、もう逃げ場がないと気づいた私はカップとパンをテーブルの上に戻した。それを契機に、私は勇気を振り絞って声を出した。
「あ、あの!ご用件とは何ですか?」
まさか、このタイミングで昇進とかないだろうし、もしかしたら、風紀紊乱の罪でクビ、とか?ここでクビになるのはちょっと、いや、結構困るのですけどぉ…私の心の声に気づいているのかいないのか、社長は頬杖をつき、こう言った。
「私は、くどい言い回しをするのが大嫌いな性格だ」
「あの、それはどういう…」
「恋人になって欲しい」