「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
そう言って、藤田さんが私達の部屋を出ていく。私も慌ててその跡を追い、後ろからは「おい、気をつけろよ!」という野島先輩の叫び声が聞こえた。


多少厳つい印象の野島先輩ではあるが、そんな先輩を堂々と「ゴリラ」と呼ぶくらいの仲良しの人がいるとは思わなかった。二人でエレベーターに乗ったとき、私は二人の関係を聞いた。


「あの、野島先輩とはどういう…?」

「あ、彼とは死ぬ前に同じ学校の同級生でした」

「え?そうだったんですか??」

「私が先に事故で死んでこっちに来て、数年経ったら彼がやってきましたね。高校卒業以来だったので驚きましたよ、まさかこんな所で再会するとは。人の縁って不思議なものですよね~」

「高校でも先輩はあんな感じでしたか?」

「はは、そうですね。高校の時から周りのやつらの面倒をよく見ていたし、私とはすごい仲がいいわけではなかったですけど。あ、あの時からあだ名はゴリラでした」

「はは…まあ、たしかに似てるかも…」


そんなことを話していると、エレベーターが13階に止まった。普段ほぼ来ることのないこの階は、我々社員が働くオフィスとは全く雰囲気が違った。

エレベーターのドアが開いた時から遠くへ続く大理石の廊下、周りには一目で分かる高級そうな柄の壁紙、金のフレームに入っている幾何学的な絵画まで。まるでどこか物語に出てきそうな邸宅の玄関ホールに入ったかのような風景に、私は口を開けて周囲を眺め回した。結構長い廊下の果てには、また派手な装飾が沢山付いた立派なドアが出てきた。早速その扉をノックした藤田さんが中へ声をかけた。


「社長、綾月様がお見えになりました」

「入ってくれ」


かちゃん、と重い扉が開く音が周りに響く。藤田さんの合図を見て、私は少し緊張したまま中へ入った。扉はそのまま閉じられ、私は一人で新しい空間を見回した。

今までも結構長い廊下を歩いてきたのに、中には又想像もできなかったくらいの大きい部屋があった。ここは、恐らく…応接室、的な場所だろうか?壁の一面を全部カバーする大きい窓から入ってくる日差しが空気を優しく包む中、大きいソファーから誰かが立ち上がった。

スリムな体にベストとズボンがとても似合うーと思ったその時、その人がゆっくりとこちらを振り向いた。視線と視線があった瞬間、私は驚いて息を吸うのを一瞬忘れてしまった。

キレイな顔立ち、でもどこか寂しそうに見える瞳。そうか、そうだったのか。私はやっと気づいた。


「紹介が遅れた。私の名前は黄泉(よみ)。この会社を経営している」

ー自分が、会社の社長と寝てしまったことを。
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