まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~


「お前、ちゃんと男だったんだなぁ…。嬉しいよ、俺はてっきりあっち系なのかと…ぐぇ」

「下種な想像するんじゃねぇ」


白い目を向けた佐々木君の首を、腕でホールドするまどか。

年相応のじゃれ合いを見ていた私の口元には、気づけば笑みが浮かんでいた。


「……ふふ」

「………?」


ついこぼれてしまった笑い声に反応し、まどかが訝しげにこちらに視線を寄越す。

素直な言葉が口を突いた。


「良かったわね、まどか」

「は?」


眉を寄せる彼の顔は不機嫌そのものだったが、私の胸の中は喜びでいっぱいだった。


(昔はずっと一人きりだったあなたが、同じ年代の子と、こうして関わっているなんて)


昔の私だったら、信じられなかったかもしれない。

彼には私しかいないと思っていたし、彼も他人を望んでいないと思っていた。


――昔のまどかにとって、他人は一人残らず、自分を苦しめる存在でしかなかったから。


(でも、違ったのかも)


嫌そうな顔をしながら、まどかは本音で佐々木君と言い合っている。

手も出せてしまうのは、きっと許してくれるだろうという信頼の証に思えてならなかった。


遠い日の、まどかの笑顔が脳裏をよぎる。


(あぁ)


もしかして、私は。


――彼の他人と関わる機会を、悪戯に奪ってきただけなのではない?


(過去のまどかだって、もしかしたら、心のどこかでは私以外の他者との関わりを、ずっと望んでたのかもしれない……。でも、それを私は、彼のためにならないと勝手に排除して…)

「……………」


また、深く深く沈んでしまいそうな後悔の渦に呑まれそうになった時、頬に熱を感じた。


「血、とまった?」

「………」


ぼんやりと顔を上げれば、綺麗な薄茶の瞳と視線が絡み合う。

気づかわしげにこちらを覗き込んでくる彼を見て、鈍く胸が痛んだ。

尋ねられたままに、ティッシュを外して確認すると、出血はほとんど止まったようだった。


「……止まったみたい」

「ん」


ほっと安堵の吐息をつき、まどかが微笑む。

まどかは新しいティッシュで、私の顔についていたらしきそのほかの血をふき取っていく。

赤子の食べこぼしを拭うような、柔らかい手つきだった。


……なんで彼は、こんなに優しいのだろうか。

生まれてしまった疑問は、私の頭の中でぐるぐるとめぐる。

あれこれ考えているうちに、まどかが立ち上がった。


< 45 / 104 >

この作品をシェア

pagetop