まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「お前、ちゃんと男だったんだなぁ…。嬉しいよ、俺はてっきりあっち系なのかと…ぐぇ」
「下種な想像するんじゃねぇ」
白い目を向けた佐々木君の首を、腕でホールドするまどか。
年相応のじゃれ合いを見ていた私の口元には、気づけば笑みが浮かんでいた。
「……ふふ」
「………?」
ついこぼれてしまった笑い声に反応し、まどかが訝しげにこちらに視線を寄越す。
素直な言葉が口を突いた。
「良かったわね、まどか」
「は?」
眉を寄せる彼の顔は不機嫌そのものだったが、私の胸の中は喜びでいっぱいだった。
(昔はずっと一人きりだったあなたが、同じ年代の子と、こうして関わっているなんて)
昔の私だったら、信じられなかったかもしれない。
彼には私しかいないと思っていたし、彼も他人を望んでいないと思っていた。
――昔のまどかにとって、他人は一人残らず、自分を苦しめる存在でしかなかったから。
(でも、違ったのかも)
嫌そうな顔をしながら、まどかは本音で佐々木君と言い合っている。
手も出せてしまうのは、きっと許してくれるだろうという信頼の証に思えてならなかった。
遠い日の、まどかの笑顔が脳裏をよぎる。
(あぁ)
もしかして、私は。
――彼の他人と関わる機会を、悪戯に奪ってきただけなのではない?
(過去のまどかだって、もしかしたら、心のどこかでは私以外の他者との関わりを、ずっと望んでたのかもしれない……。でも、それを私は、彼のためにならないと勝手に排除して…)
「……………」
また、深く深く沈んでしまいそうな後悔の渦に呑まれそうになった時、頬に熱を感じた。
「血、とまった?」
「………」
ぼんやりと顔を上げれば、綺麗な薄茶の瞳と視線が絡み合う。
気づかわしげにこちらを覗き込んでくる彼を見て、鈍く胸が痛んだ。
尋ねられたままに、ティッシュを外して確認すると、出血はほとんど止まったようだった。
「……止まったみたい」
「ん」
ほっと安堵の吐息をつき、まどかが微笑む。
まどかは新しいティッシュで、私の顔についていたらしきそのほかの血をふき取っていく。
赤子の食べこぼしを拭うような、柔らかい手つきだった。
……なんで彼は、こんなに優しいのだろうか。
生まれてしまった疑問は、私の頭の中でぐるぐるとめぐる。
あれこれ考えているうちに、まどかが立ち上がった。