まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「大和、先生と来たんだよな」
「そう。救急車呼んだの、俺だからさ。先生に報告してそのまま一緒に来たんだ。今は診てくれた医師に話を聞いているはずだぜ」
「分かった。俺、たまの目が覚めたって声かけてくる」
「ナースコール、ここにあるけど」
そう言って枕元を指さした佐々木君を一瞥してから、まどかは首を振った。
「色々説明しないといけないことあるから、いい」
「んー、了解」
(そりゃ、今回はトラックの運転手さん、何も悪くないもんね)
どれくらい時間が経ったのか分からないが、その人のためにも誤解を解くのは早い方がいい。きっとまどかなら上手に話してくれるだろう。
「たまに、変なことするなよ」
再び冷たい視線を送って牽制した彼に、佐々木君は黙って肩を竦めた。
「すぐ戻る」
まどかは私を見て小さく微笑んだ後、扉を開けた。
佐々木君は何も言わず、病室を出ていくまどかの背中に手を振る。
「……………」
「……………」
まどかがいなくなり、途端に静まり返った室内。
特に話すこともなかった私はそのまま立ち上がって、スカートについたホコリを払う。
まぁ、払ったところでワイシャツもスカートも、まどか同様血だらけなのだが。頭の怪我は大げさに出血するから困ったものだ。
地面で擦って血まみれになった両足は、こちらも適切な処置を受け、思うほど痛くない。
これなら自分で歩いて帰れるだろう。
(………まどかのワイシャツ、弁償しなきゃ)
あれほどべったりと服の前面を汚すほど、自分のことを介抱していてくれたのかと思うと面映いものがあるが、彼に迷惑をかけたままになるのは本意ではない。
「………ねぇ」
考えを巡らせていた時、小さな呼びかけを耳が拾う。
振り返ると、佐々木君が頭の後ろで両手を組んで、こちらを見ていた。
その口の端は、三日月のように弧を描いていた。