旦那様は征服者~慎神編~
買い物が済み、屋敷に戻った莉杏。
「じゃあ、会社に戻るね!」
「うん、ありがとう。気をつけてね」

「うん!また後でね!」
口唇を寄せ、キスをし車に乗り込んだ。

車が見えなくなるまで手を振り、ため息をつく。

最近、よくため息をつくようになった莉杏。
慎神に気を遣うようになっていた。

別れるなんてことはできないだろう。
そんなの、慎神は納得しない。

逃げようと考えた。

でも━━━━━

「莉杏ー!ただいまー!
好き~大好き~!」
「美味しい!莉杏のエビフライ、大ー好き!!
どこの店よりも美味しい!」
「莉杏、可愛い~」
「莉杏は、綺麗だね!」
「莉杏、痩せた?ちゃんと、食べなきゃダメだよ!
今度、久しぶりに外食しよ?
何が食べたいか、考えてて?」

と、純粋に真っ直ぐ莉杏だけを見てくれている慎神。

慎神の何の曇りもない“愛情”が、莉杏の気持ちを躊躇させていた。


そんな時だった━━━━━━━━
洗濯物を庭の物干しに干していると「おはようございます!」と、何処からか挨拶をする声が聞こえてきたのだ。

莉杏は驚愕し、辺りを見渡す。
普段、屋敷の周りで声がするなんてあり得ないからだ。
天摩邸は、高台のしかも周りに何もない所にポツンと建っている屋敷。

莉杏に人との接触を極力させないように、慎神がわざわざ建てた屋敷だ。

「え?え?空耳…?」
キョロキョロする、莉杏。

「こっちですよー!下!下でーす!」
「え!?し、下?」
下を覗くと、下に建っている一軒家の屋上から男性が手を振っていた。

爽やかな笑顔で慎神より少し年上の男性が、手を振っていた。

莉杏は咄嗟に、洗濯かごで顔を隠して屋敷に引っ込んだ。
慎神の洗脳の為か莉杏は、かなり激しい人見知りのように、慎神以外の人間とは話せなくなっていた。

「はぁはぁ…び、びっくりしたぁ…」
フローリングにペタッと座り込んだのだった。


「莉杏、今日は変わったことなかった?」
いつものように膝の上に莉杏を座らせ、口唇をなぞりながら言う慎神。

一瞬、挨拶をしてきた男性のことを言おうと思ったが、何故か言えなかった。
それに話をしたわけではないし、すぐに逃げたのでたいしたことはない。

「ううん。特にないよ」
「………………そっか。良かった!着替えてくるね!」


次の日も洗濯物を干していると「おはようございます!」と、また挨拶する声が聞こえてきた。

今度はすぐに、下を覗く。
前日と同じ、爽やかな笑顔で手を振っていた。

莉杏は、小さく頭を下げた。
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