秘密のノエルージュ

 駅までの道を進んでいく人々は、みな時計やスマートフォンを気にしている。もしくはイヤホンをしている。だからきっと、菜帆と大和の会話など誰も拾えていないはず。

「菜帆」

 わかってはいるけれど、大和も一応は気を遣ってくれたらしい。傍に寄ってきた大和が菜帆のイヤーマフラーを少しだけ上にずらして、

「イブの日、二十時にうちに来て」

 と呟いてきた。えっ、と顔を上げると、大和と再び目が合った。

「来なかったら、それが菜帆の答えだと思って俺も諦める」
「大和……」

 大和の目は本気だ。

 友達同士で集まってゲームをしたときよりも。菜帆とテストの点数を競ったときよりも。後輩を庇って先生に怒られて謝罪したときよりも。菜帆が今まで見てきたどの表情よりも、ずっとずっと本気だった。

 けれどその本気の目は、すぐにすっと消えて無くなる。いつもと同じ冗談で菜帆をからかう、優しい色に変わる。

「で? 今日の下着は何色?」
「な……ばかっ!!」
「ははっ」

 そうやってからかってくるのは、菜帆が深刻になり過ぎないよう気を遣ってくれている証拠だ。万が一菜帆が大和の告白を断ったとしても、後々気まずい関係にならないために。

 長い間近くにいたから、ちゃんと知っているのだろう。菜帆の性格まで熟知している大和の隣は、たしかに誰の傍よりも居心地がよかった。

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