偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 なるほど。これはいわゆる『契約結婚』というやつだ。二人の間に存在するのは恋愛感情ではなく、ただの契約関係。もし必要ならば、契約書も作ってくれるだろう。

 そしてただの契約相手に、本来の妻としての役割は求めない。名ばかりの妻が下手を打っては困るので、社交の場に出ることも求められない。

 要するに彼は本当に誰でもいいのだ。自分の仕事の邪魔をしたり政略的な思惑に巻き込まれる心配がなければ、その辺に生えている草でも十分なのだ。だからその相手があかりでも、まったく問題はないのだろう。

「あの……。響一様がお嫁さんを探してるってことは、奏一様もお嫁さんを探してる……んですか?」

 ふいにそんな疑問が湧く。

 もちろんただの好奇心だ。響一が結婚を急かされているのならば、その弟である憧れの奏一も相手を探しているのかもしれない、という、ただそれだけの。

 些細な質問だったが、響一は目を見開くと少し困ったように視線を逸らした。心なしかそっぽを向いた表情はやや悔しげにも見える。

「……なんだ、奏の方がいいのか?」
「ほえっ……? あ、いえ、そうではなく!」
「わかりやすいな、お前」

 不機嫌ともとれる表情をされたので、大慌てで否定する。狼狽するあかりの様子を見た響一は、すっと目を細めて小さなため息を零した。

「けど奏は無理だぞ? あいつには子どもの頃からずっと好きな奴がいる。相手が結婚したら流石に諦めるかもしれないが、俺の目から見る限り諦めるつもりはなさそうだからな」
「……」

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