偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 入谷兄弟の両親には挨拶をするために会ったことがある。しかし他の入谷家の面々にはまだ会えていないし、そのために必要な礼儀作法や代々続くしきたり、入谷家独自の順序やマナーについては未だ何も知らないままだ。

 それについて響一にもちゃんと訊ねているのに、彼はいつも『気にするな』の一言で全て片付けてしまう。

「ぷ、あはは! そんなのナイナイ。難しいことは全然気にしなくていいよ?」
「え……ない、んですか?」
「うん、ない。全然ない。兄さんに早く結婚して欲しかった、ってのは俺の問題だから」
「?」

 焦るあかりだったが、奏一が言うには『成り上がりのイリヤにそんなものは存在しない』らしい。

 だから気にしなくていい、奏一が順序にこだわった理由は別にある、と言われ、あかりは首を傾げながらも渋々頷いた。

 そんな会話をしているうちに、奏一の施術を一通り終える。ゆっくりと起き上がって身体を伸ばした奏一が、来たときよりもパッと明るい笑顔になった。

「ああ、楽になった! 最近、眼精疲労がひどくてさー。あれ、肩とか首にくるよね」
「そうですね。忙しくてもシャワーだけで済まさずに、お湯に浸かるといいですよ。全身が温まれば代謝もよくなりますから」
「ん、わかった」
「あと首は神経や血管が多いので、音を鳴らすような動かし方はしない方がいいと思います。できれば首から肩にかけてゆっくりストレッチした方がいいですね」

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