偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 そしてその小さなビル群の一つに店を構えるリラクセーションサロン『mohara』は立ち退きを余儀なくされるばかりか、新しいビルにテナント出店することも出来なくなるという。理由は商業ビルのテーマには合わないから、だそうだ。

 美奈は『今すぐにではない』と言うが、立ち退きの時期は年度の終わり頃の予定だ。今はもう師走の時期に入っているのだから、期限までは正味四か月というところ。

 最終的なデッドラインはもう少し先だが、ビルの契約更新の時期が年度替わりのタイミングなので、結局この時期に撤退するのが最も適切だろうという話になったらしい。

「オーナーが言うの遅いのよ! ほんっとノロマなんだから……!」

 美奈の怒りの声には満場一致で同意する。moharaが入るこの小さなビルのオーナーや管理会社は、いつも報告や連絡がやたらと遅い。

 あかりには直接関係ないが、イベント開催の連絡、ビルメンテナンスや点検の案内、近隣の工事の情報や管理会議の回覧板まで、何から何までが驚くほどに遅い。

 下手をすると業者からの連絡よりもオーナーや管理係の方が遅いこともあるので、美奈がヤキモキしているのを見て、いつも同情していた。

 しかし立ち退きという大事な話はさすがにもっと早く教えて欲しかった、と全員が思う。

 もちろん言ったところでどうしようもない。これはすでに決定してしまったことで、moharaがこのビルから出なければいけないのはすでに変えられないのだから。

< 49 / 108 >

この作品をシェア

pagetop