偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 ならば次はどこか別の場所に移転することになるのだろうか――そう思うあかりたちに、美奈が決まりの悪そうな顔をする。その横顔を見つめたあかりは、小さな不安を覚えながら美奈の言葉を待った。

「あのね……それで、その……。これを機に、年度末にお店をしめようかと、思ってて」
「……えっ?」
「ええっ……!?」

 美奈の言葉に、その場の全員が驚愕の声を漏らした。あかりは驚きすぎて、声にもならなかった。

「え、新ビルは無理でも、どこか他の場所で新しいお店を始めるんじゃなないんですか?」

 受付担当のサキが身を乗り出しながら問いかけると、美奈が一瞬戸惑うような表情を見せた。そのまま自分のお腹に手を当ててほう、っとため息をつくので、他にも何かがあるのかとあかりも不安になった。

 けれど違った。美奈が抱えていたのはただの不安ではない。

「実はね……赤ちゃんが、出来て」
「!」
「ええっ!」

 美奈の言葉に、今度は全員が先ほどと違う意味での驚き声を上げた。

 そして次の瞬間には、全員が嬉しそうな顔をする。中には思いがけない素敵な報告に、目に涙を浮かべている人もいた。

「うわあぁ……おめでとうございます!」
「わあぁん、店長良かったあぁ!」
「店長っ、おめでとうございます!」

 スタッフルーム内の空気が一変する。そこにいた全員から沸き立つような歓喜の祝福を受けると、美奈が少し遅れて笑顔を綻ばせた。

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