偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 新しい命を宿すことは本当に素晴らしいことだ。妊娠を『授かりもの』と表現されるのも頷ける。こればかりは長い歳月や治療費を費やしても、どんなに夫婦の絆が強固でも、努力が涙ぐましいものであっても叶わないことだってあるだろう。

 だからこそ、その苦難を乗り越えて授かった命に喜ぶ美奈の姿が眩しかった。そして今は自分の身体とお腹に宿った命を大事にして欲しいし、無理だけはして欲しくない。


(でもお仕事……どうしよう)

 とはいえ、それは美奈の問題だ。

 あかりももちろん祝福しているし無事の出産を心から願っているが、来年度からの自分の仕事についても考えなければならない。

 美奈は知り合いに掛け合って新しい職場を探してくれると言うが、moharaの店員は受付担当も含めて全員で八人。そのすべての就職先を通常業務をこなしつつ身重の状態で探すのはなかなか難しいだろう。やはり自分のことは自分でやるべきだ。


 そんなことをぼんやり考えながらマンションの入り口に辿り着くと、自動ドアを入ってすぐのところに響一が立っていた。

「あ、響一さん。おかえりなさい」
「ああ、ただいま。あかりも今帰りか?」
「はい」

 どうやら彼もたった今帰宅したところらしい。あかりが声を掛けると同時に奥の自動ドアが開いたので、丁度ドアロックを解除していたタイミングだと思われる。

 車のキーとマンションのキーを同時に握り込んだ響一と共に、あかりも一階に待機していたエレベーターに乗り込んだ。

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