偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

「……いい、と言ったの、ちゃんと聞いたからな」
「え……?」
「あかり、俺とここで結婚式をしよう」

 今度は意思を持った明確な言葉で告げられ、それまでのまどろみが一瞬だけ吹き飛ぶ。

 目を見開いて響一と見つめ合う。するとカシミアのバスローブのポケットから小さな何かを――大きなダイヤモンドがついた指輪を取り出し、左手の薬指に嵌められた。その手際の良さと突然の贈り物に驚いている暇は与えられない。

 呆然とするあかりの手を取り、指の上にちゅうと小さな口付けを落とす響一に、なんと言えばいいのかわからない。

 驚きすぎて『なんでバスローブの中に指輪が入ってるんですか』などと的外れなことを聞きそうになり、慌ててその台詞を飲み込む。

「遅くなって悪かった」
「え……え……えと……?」
「プロポーズ、してなかっただろ?」
「あ……あの」
「あかり、俺と結婚してほしい」

 契約結婚の始まりは響一の『俺と結婚するのはどうだ?』の一言だった。それから一緒に過ごすようになって、勘違いから少しだけぎくしゃくすることもあった。

 けれどちゃんと仲直りをして、ゆっくり少しずつこの関係を深めていけるのなら、多くを望むつもりなんてなかった。

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