義理の兄妹で恋をするのはフィクションの世界だけだと思っていた
気づけば全てのコーナーを回り終えた。
大きなカニを観て、『美味しそう』と呟く駆くん。
サメを観て、『歯が生え替わるなら虫歯になっても困らなさそう』と真面目な顔して言う駆くん。
チンアナゴの顔を直視した後、『中学の時の先生に似てる…』と感動してる駆くん。
一つ一つの発想と呟く言葉が可笑しくて、終始私は笑っていた。
「駆くんって変…ははっ」
「…………そうかな?」
顔を傾げて駆くんは自分の発言を振り返っているように見えた。
それからわずか数秒後。
「俺はのんちゃんが笑っててくれれば、それでいい」
そう言って、柔らかく笑う。
その表情と発した言葉で一瞬の隙間を縫うように、ふと懐かしい記憶が脳裏によぎる。
『俺は…ののが笑っててくれれば、それでいい』
「……お父さん…」
誰にも聞こえないような低い声が漏れた。掠れて、お世辞にも良い声とは言えない酷い声。
そんな私の声を、駆くんは逃さなかった。
「……お父さん?」
はっきりとわかる。なんでこんなにも、心が揺さぶられるのか。
「………好き。」
「うん?」
私の顔を覗き込む。その瞬間、無意識に涙が頬を伝って流れ落ちた。
「……どうしたの?」
「伝わってない…?」
「何が?」
「もう…鈍感…!」
「えっ」
慌てた様子で駆くんは私の手を取る。
「何かした?なんで泣いてんの?えぇっと…あー!アイス!!もっと食べる!?」
私が泣いた時に困ってアイスを買おうとするのも、目線を合わせるように姿勢を低くしてくれるのも、笑った顔が太陽みたいに温かいのも、繋いでくれた手の温度が温かいのも。
全て懐かしいと感じてしまうから。
確かにお父さんは私の中に居たんだと思えた。
「駆くんのことが好き。真剣にお付き合いさせてください。」
「………え?」
顔を真っ赤に紅潮させながら、驚いて手に持っていた財布をぼとりと落とす彼を、可愛いと思いながら私は笑った。