教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 私はなんとか呼吸を整え、用意していたゲストカルテとボールペンを手にした。もちろん書きやすいと評判のハイブランドのものだ。

 それからやっとの思いで田島先輩と視線を合わせた。

「田島様、まずこちらにご記入をお願いできますか? 簡単でけっこうですので」
「もちろん」

 名前、生年月日、住所――田島先輩は意外にきれいな筆跡で書き進めていく。
 職業欄に書かれたのは「会社役員」だった。

 そういえば、お父様が医薬品卸の会社を経営していると学生時代に聞いたことがある。製薬会社と医療機関の仲介をする立場で、業界での評判もよかったようだ。

 先輩はいかにも御曹司らしく、サークルではラケットもウエアもシューズも一流品だったし、今日の服装もかなりの額だと見て取れた。

 きっといずれは後を継いで社長になるのだろうし、彼が高砂百貨店にとって優良顧客であることは否めない。
 たとえ私個人がどんなふうに感じているとしても。

「今日は何かお探しでいらっしゃいますか?」
「うん。実は秋もののジャケットを探してるんだけど、これから結婚式シーズンだし、ついでにタキシードも新調しようと思ってね。桐島さん、採寸お願いできるかな?」
「それでしたら、オーダー担当の者が承る方がよろしいかと存じますが」
「そうなんだけど最近ジムでけっこう引き締めたから、できればすぐサイズが知りたくてさ」

 もちろんこのサロンでも採寸はできるし、私自身も父や兄の仕事ぶりを見てきたから、どちらかといえば得意な方だ。

 それなのに今は指先が震えていた、わずかに、けれども、どうしようもなく。
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