教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 私は目を閉じて深く息を吸った。

 とにかくしっかりしないと。ただでさえ接客が得意というわけではないのだ。

 私は幼い時から引っ込み思案で、かなりの人見知りだった。

 幼稚園から高校まで、まともに話ができるのは家族と、親しいけれど数少ない友人たちだけ。たとえ親戚であっても、たまにしか会わない人とはうまく接することができなかった。

 やがて成長して大学に入ると少しはましになったものの、基本的な性格はやはり内向きのままだった。それには先輩との一件も絡んでいるけれど。

 仲よくなりたいのに、なかなか打ち解けられない――それをなんとか克服したくて、あえて選んだのが百貨店の販売という仕事だ。
 商品を通じてなら、少しでも多くの人と触れ合えると思ったのだ。

 私は大学の先輩である高砂さんを慕っていたので、高砂百貨店を志望し、幸い就職することができた。

 入社後、研修を終えて配属されたのはメンズフロアだった。

 私の家は横浜で、祖父の代から三代続くテイラーをしている。
 今は五歳上の違いの兄が父を手伝っているが、私自身も小さいころから店に出入りしていたので、もともと紳士服にはなじみがあった。

 ウールやリネン、そして上質なコットン――レディースものよりしっかりした布地の感触も好きだし、それが父の手でみごとに仕上がっていくのを見ていると、いつも心が躍った。
< 58 / 128 >

この作品をシェア

pagetop