身体から始まる契約結婚
翌週は私の実家に航と向かう。
彼は緊張した面持ちで私に何度も姿を確認してきた。

「俺、変じゃないか?」
「変じゃない」

「本当か?」
「うん、変じゃないってば」

それでも何やら心配事があるみたいだったので、軽くキスをした。
航はすんなり大人しくなった。

どうやら責められるのは恥ずかしいみたい。
意外な一面だったかも。

釣られて私の耳まで赤くなったことだけは納得がいかないけど。



平凡な片山家の食卓にNATORIホテルグループの代表が座っている光景はかなりシュールだ。

自己紹介が終わった後は居間に沈黙が流れた。
無言の父と航がじっと見つめ合っている。

静寂を崩したのは母だった。

「それにしても、伊織はこんなに素敵な人を一体どこで見つけてきたのよ〜」

にこにこと微笑む母に本当のことは言えない。
身体から始まった関係であることも、契約結婚でしないことも。

また心労がかかったら、今度こそ母は倒れてしまうだろう。

口籠もった私の代わりに航が答えてくれた。

「私が伊織さんに一目惚れをしたのです」

普段は尊大な口調をしているのに、こういうときばかりは紳士的な態度を取るのだから侮れない。
本来、仕事モードの彼はいつもこうなのだろう。

だとすれば、彼を象徴するアイアンフレームの眼鏡がより一層彼を知的に見えさせるのも納得だ。

「私の一方的な思いから結婚するに至りました。そのため、出会ってからまだ数週間しか経っておらず、お母様のご期待を裏切ってしまうのかもしれません」

母は心底嬉しそうに目を細めた。

「優しい人で良かったわね、伊織。あんなことがあったから、心配していたのよ」

元彼のことだろう。
私は情けない気持ちで母に謝った。

「ごめんね、お母さん」

「ううん。傷ついたのは貴女だもの。出会ってからの期間なんて関係ないわ。あなたたちがどれだけ互いを必要としているのか、そのことの方がきっと大事だったのね」

母の温かい言葉に不覚にもぽろりと涙が溢れた。
震える私の肩を航が優しく抱き寄せた。

「必ず、幸せにします」

航の力強い言葉に私の涙はさらに溢れた。
嘘でも良かった。口先だけの言葉でも構わなかった。

彼が私のためだけに、そう言ってくれた事が何より嬉しかったから。
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