好みの彼に弱みを握られていますっ!
***

「な、なんだったの、今のっ!」

 彼が会計を済ませてバーを出て行ったのを見届けて、私はプシューッと空気が抜けた風船みたいにテーブルに突っ伏しながらそう悪態をつく。


「でも春凪(はな)、今の人に一目惚れだったでしょう?」

 クスッと笑って問いかけられて、私は「ちょっ、そ、んなことっ」〝ない〟って必死に否定しようとして。
 じっと私を見つめてくるほたるの表情を見て、長い付き合いの彼女は何もかもお見通しなんだ、と観念する。

 ほぅっと小さく吐息を落としながら、「……あります、落ちました、一目惚れです」とまるで自分に言い聞かせるように陥落宣言をした。


 でもだからと言って、私はあの人の名前はおろか、勤め先や住んでいる所を知っているわけではない。

 たった1回、たまたまバーで隣席に座っただけの……通りすがりのハンサムさん。


 また今日みたいな偶然が起こらない限り、もう2度と会うことはないと思う。


 ……すごく残念だけど。
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