優しくない同期の甘いささやき
「私、まだ合図出してないよ」

「は?」


顔をしかめた熊野は、ため息をついた。届いたばかりのピールを飲む、男らしい喉仏が動いた。

彼は、口の端についた泡を舌で舐めとる。

あの舌は、この前私の舌と絡め合っていた……。

今、私は熊野が好きだ。彼とキスしたいとも思う。

それほど、好きではある。

そのキスを今夜、私からする?

あの唇に……。

熊野の口から目が離せなかった。彼の口が「美緒」と動く。


「合図しろよ」

「えっ? 今? 無理だってば!」

「バカだな。今とは言ってないだろ? うちに来て、したらいい。どうする? 来る? 来ない?」


行くか、行かないか、決めるのは私だ。まだ心の準備はできていない。

だが、行かない理由が見つからなかった。

「行く」と答える。

熊野はニヤリと口もとを緩ませて、店員にテーブルチャージを頼んだ。

私は急いで残りのサラダを食べて、レモンサワーで喉を潤した。

熊野に手を握られて、外を歩く。


「コンビニ、寄っていくか?」

「なんで?」

「泊まるならさ、必要なものがいろいろとあるだろ?」

「あー、そうだね」
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