白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
――謝って済むなら、警察は要らない。
そんな言葉が、現実に自分たちにのし
かかっている。結局、責任は自分にある
と言ったところで、千沙は無力だった。
「はい。世界史の教師で、私はこの子
の副担任です。あの、このことは学校に
連絡がいってしまうのでしょうか?」
窺うように、恐れるように、そう尋ね
た千沙に、警官は「ふむ」と鼻を鳴らし
て眉を顰める。ごくりと唾を飲んでじっ
と顔を覗き込んでいると、警官は「まあ」
と徐に口を開いた。
「今回は事情があるようですし、初犯
ということで身元確認と厳重注意に留め
ます。が、次に見つけたときは受講料を
払って自転車運転者講習を受けてもらい
ますからね。もちろん、その時は学校に
も連絡させてもらいます」
今回は見逃してくれる、という寛容な
計らいに、千沙は心の底から安堵して
ほぅ、と息をつく。そして、ちらりと
隣に立つ侑久を見やると、「ありがとう
ございます!!」と身体を折り曲げた。
その姿に、警官が深いため息をつく。
「あなたも、教師なら軽はずみな行動
はしないでください。もし、二人乗りを
して事故を起こせば『著しい過失』とし
て自転車側が不利に考慮されるんです。
生徒さんの将来にも傷がつきますし、
足を怪我していたからなんて言い訳じゃ
済まなくなる。大人なんだから歩けなけ
ればタクシーで帰るなり、家の人に迎え
に来てもらうなり、他に手段はあったで
しょう?今日くらい大丈夫だろうという
油断が思わぬ結果を招くんです。そのこ
とを肝に銘じて、二度とこんなことがな
いように、お願いしますよ」
そう言って警官が強い眼差しを向ける。
今言われたことはあまりに正論過ぎて、
図星過ぎて、千沙はただ唇を噛みしめる
ことしか出来なかった。
詰まるところ、千沙の心の内には願望
があったのだ。口ではダメだ、違法だと
叫んでおきながら、心の奥底には侑久に
甘えたい、一緒にいたいという想いが
僅かながらもあった。だから、「頼って
欲しい」と手を差し伸べてくれる侑久
に甘えてしまった。どうしてもと言う
のだから仕方ない、と自分に言い訳を
しながら……。
ほんの数分前、恋する乙女のような顔
をして生徒の肩に頬を寄せていた自分が、
滑稽だった。
教師であることを忘れ、
恋人がいることも忘れ、
私情に溺れてしまった自分。
たとえほんのひと時でも、と、侑久を
望んだところで、二人の未来が重なる
ことなどありえないのに……。
冷たいもので、心を冷やされたような
気分だった。平静を取り戻した千沙は、
沈痛な面持ちで言った。
「教師としての自覚を欠いた行為でし
た。以後、このようなことがないよう、
肝に銘じます」
警官が大きく頷き、二人を見やる。
「じゃあ、順番に名前と連絡先をここ
に記入してください」
そう言って差し出された手帳を受け取
った侑久の顔は、見たこともないほど
苦渋に満ちていた。
そんな言葉が、現実に自分たちにのし
かかっている。結局、責任は自分にある
と言ったところで、千沙は無力だった。
「はい。世界史の教師で、私はこの子
の副担任です。あの、このことは学校に
連絡がいってしまうのでしょうか?」
窺うように、恐れるように、そう尋ね
た千沙に、警官は「ふむ」と鼻を鳴らし
て眉を顰める。ごくりと唾を飲んでじっ
と顔を覗き込んでいると、警官は「まあ」
と徐に口を開いた。
「今回は事情があるようですし、初犯
ということで身元確認と厳重注意に留め
ます。が、次に見つけたときは受講料を
払って自転車運転者講習を受けてもらい
ますからね。もちろん、その時は学校に
も連絡させてもらいます」
今回は見逃してくれる、という寛容な
計らいに、千沙は心の底から安堵して
ほぅ、と息をつく。そして、ちらりと
隣に立つ侑久を見やると、「ありがとう
ございます!!」と身体を折り曲げた。
その姿に、警官が深いため息をつく。
「あなたも、教師なら軽はずみな行動
はしないでください。もし、二人乗りを
して事故を起こせば『著しい過失』とし
て自転車側が不利に考慮されるんです。
生徒さんの将来にも傷がつきますし、
足を怪我していたからなんて言い訳じゃ
済まなくなる。大人なんだから歩けなけ
ればタクシーで帰るなり、家の人に迎え
に来てもらうなり、他に手段はあったで
しょう?今日くらい大丈夫だろうという
油断が思わぬ結果を招くんです。そのこ
とを肝に銘じて、二度とこんなことがな
いように、お願いしますよ」
そう言って警官が強い眼差しを向ける。
今言われたことはあまりに正論過ぎて、
図星過ぎて、千沙はただ唇を噛みしめる
ことしか出来なかった。
詰まるところ、千沙の心の内には願望
があったのだ。口ではダメだ、違法だと
叫んでおきながら、心の奥底には侑久に
甘えたい、一緒にいたいという想いが
僅かながらもあった。だから、「頼って
欲しい」と手を差し伸べてくれる侑久
に甘えてしまった。どうしてもと言う
のだから仕方ない、と自分に言い訳を
しながら……。
ほんの数分前、恋する乙女のような顔
をして生徒の肩に頬を寄せていた自分が、
滑稽だった。
教師であることを忘れ、
恋人がいることも忘れ、
私情に溺れてしまった自分。
たとえほんのひと時でも、と、侑久を
望んだところで、二人の未来が重なる
ことなどありえないのに……。
冷たいもので、心を冷やされたような
気分だった。平静を取り戻した千沙は、
沈痛な面持ちで言った。
「教師としての自覚を欠いた行為でし
た。以後、このようなことがないよう、
肝に銘じます」
警官が大きく頷き、二人を見やる。
「じゃあ、順番に名前と連絡先をここ
に記入してください」
そう言って差し出された手帳を受け取
った侑久の顔は、見たこともないほど
苦渋に満ちていた。