白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 ざり、と上唇の端に髭の感触。
 柔らかな温もりに覆われた唇が、
しだいに濡らされてゆく。
 濡れた唇を微かに撫でるぬめりが舌
なのだと理解した瞬間、千沙は堪らず
に御堂の腕を強く掴んだ。それでも彼
の貪るようなキスは止まらない。


――何度も、何度も。


 繰り返し唇が重ねられ、息苦しさに
千沙が涙を浮かべると、ようやく長い
長い口付けから解放された。

 千沙は膨らみきった肺から大きく息を
吐き出すと、抱き締められたまま、腕の
中から御堂を見上げた。

 「どうして急に……こんなっ」

 肩で息をしながら、睨むようにして言う。
 御堂とは恋人となって二カ月あまり。
 けれど、彼が自分を求めてきたことは
一度もなかった。だから結婚するまで手
を出さないつもりなのだと、そう思い込
んでいたのだ。

 御堂がくすりと笑う。
 その笑みが、なぜか獲物を捕らえた
死神のように見えてしまう。

 「どうして?僕は大人の男で、あなた
は僕の恋人だ。これくらいのことはして
当然でしょう?」

 可笑しなことを訊いてくれる、とでも
言いたげに御堂が千沙の前髪を撫でつけ
る。その仕草が、いかにも恋人らしくて
千沙は戸惑いに目を逸らした。

 「そうですけど……ここは学校です!
いくら恋人でもこういうことは……」

 そこまで言った千沙の顎を、御堂が
掴んだ。どきりとして視線を戻せば、
怒気を含んだ眼差しがそこにある。


――どうして、こんな目をするのか?


 瞬間、嫌な予感がして千沙はごくりと
唾を飲んだ。

 「まさか、あなたがそれを言うとはね。
僕という存在がありながら、蘇芳侑久に
その身を委ね、幸せそうな顔をして彼の
首にしがみついていたあなたが。おや、
覚えていませんか?つい昨日のことです
よ。僕は二階の小会議室の窓から、その
様子を見ていた。暗がりでも、すぐに
あなただとわかりました。眼鏡を外した
あなたは、まるで恋するお姫様のような
顔をしていましたから」

 鈍器で頭を殴られたような気がした。
 まさか、見られていたなんて。
 よりによって、この人に。

 千沙は動揺に目を見開いたままで、
昨日の光景を想起した。

 おそらく、自分たちを見つけた御堂は、
急いで二階から下りてきたのだろう。
 そして、昇降口に落ちていた千沙の
眼鏡を見つけた。

 もしかしたら、二人乗りをしてその場
から走り去る姿を見ているかも知れない。
 違う。見たのだ、きっと。
 だから彼はこんなにも、傷ついた目を
している。怒りだけではない。千沙を
見つめる御堂の目には、嫉妬と呼べる
感情が滲んでいた。

 「……言い訳をどうぞ」

 貝のように押し黙ってしまった千沙に、
御堂は教壇から生徒に問いかけるよう
に言った。
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