白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 「なっ、なに言ってるんですかっ!?」

 羞恥と驚愕に声をひっくり返し、千沙は
本能的に彼の腕から逃れようと身体を捻る。

 けれど、腰の後ろ辺りで組まれた腕は驚
くほど頑丈でびくともしない。窓に背を押し
付けられた千沙に、逃げ場はなかった。

 「ご心配なく。たとえそれであなたが
妊娠したとしても、挙式が早まるくらいで
他に困ることなどありません。早々に孫の
顔が見られると、お父上も喜ぶのでは?」

 くすり、と不敵な笑みを浮かべる御堂に、
千沙は身震いする。


――妊娠?


 その言葉が意味するのは、彼が避妊すら
せずに自分を抱こうとしているということ。

 冗談じゃなかった。
 こんな場所で、こんな気持ちのままで、
御堂に抱かれるなんて……。

 自分はまだ、処女だというのに。
 心にはまだ、侑久がいるというのに。

 「嫌、です。そんな……赦してください」

 身体の芯からくる震えに、声までも震わ
せながら千沙は小さく首を振る。その様子
に御堂は小首を傾げ、「では」と口を開く。

 「仕方ない。どうしても抱かれるのが
嫌だというなら、あなたからキスをして
ください。さっき僕がしたように」

 「……キスを?」

 「そう。昨日、彼の首にしがみついた
のと同じように、僕の首に腕を絡めてね。
これ以上の譲歩はしません。出来ないと
いうなら、本当に執務室に連れ込みます」

 ちら、と、脅すようにまた執務室の方を
見やった彼に、千沙はきつく唇を噛む。

 この男なら本当にやりかねない。
 ここは旧校舎の一階で、誰も立ち寄る
ことのない歴史資料室で、あの扉の向
こうに閉じこもれば誰の目に触れるこ
となく、事を成すことが出来るだろう。

 嫌だと泣き叫んで暴れることも出来る
が、そんなことをすれば今後の、彼と
の夫婦関係に深い溝を残すことになる。

 ほんの数秒の間にそこまで考えた千沙
に、御堂はすぅ、と目を細めた。

 「僕は気が短い方なんです。決めら
れないというなら、僕の好きにさせて
もらいますが」

 その言葉に、千沙は観念したように
御堂の首に手を伸ばす。180を優に超
える彼の首にしがみつくと、二人の
身体はぴたりと密着した。きつく抱き
締められていた身体が解放される。

 御堂は窓の額縁に両手をついている。
千沙は瞼を伏せながら顔を近づけると、
彼の唇に自分のそれを押し付けた。

 重ねると、まだ湿った唇から柔らか
な温もりが伝わってきた。けれどその
温もりは一方的に与えられたものでは
なく、互いの意思で分け合っているも
の。薄く開いた唇から彼の味を知り、
痺れるような甘い感覚を知らされる。
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