白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 決して、望んだ唇ではないのに……。
 なのにどうして自分はこんなにも胸を
震わせているのか?

 初めて知る快楽に陶酔してしまう自分
を心の内で侮蔑していた時だった。
 突然、シャッと音がしたかと思うと、
御堂が二人を隠していたカーテンを窓
の端に寄せた。

 「……!!?」

 辛うじてカーテンの影に隠されていた
二人の姿が、窓の向こうに晒されてしま
う。誰もいない歴史資料室で口付けを
交わしている教師の姿。多くの生徒が
下校した後とは言え、もし、歩道を歩い
ている生徒がいれば気付かれてしまうだ
ろう。

 そんな恐ろしい事態を想像し、千沙
は慌てて首に回していた手で御堂の肩
を押した。が、重ねた唇を離すことは
出来なかった。再び強く抱きすくめら
れたかと思うと、骨ばった大きな掌に
後頭部を押さえ込まれてしまう。

 「……っ!!」

 瞬間、目を見開いた千沙は細かに震
える御堂の睫毛を見た。眉間にシワを
寄せ、苦し気に唇を重ねている男の顔。

 やめてと叫びたいのに、それが叶わ
ない。唇を塞がれ、身体の自由を奪わ
れ、ついには涙まで滲ませている千沙
を御堂が離してくれたのは、それから
間もなくだった。

 「……っはぁ」

 唇が離された瞬間、千沙は息苦しさ
に思いきり空気を吸い込んだ。そうし
て肩で息をつくと、ぎらりと御堂を
睨みつけた。

 「……どうしてっ、こんなことして
誰かに見られたらっ!」

 どうするんですか、という言葉まで
は息が続かずに言葉を呑む。その千沙
に、御堂は動じるでもなく不気味な
笑みを浮かべた。

 「誰かに見られたら……ああ、すみ
ません。見られてしまったようです」

 ちろり、と窓の向こうを見ながら
濃淡のない声でそう言った御堂に、
千沙は瞬く間に血の気を失う。


――見られた?いったい誰に?


 嫌な予感に、どくどくと鼓動を大き
く鳴らしながら窓の向こうを振り返れ
ば、旧校舎と本校舎に挟まれた薄暗い
歩道の真ん中に突っ立っている生徒が
二人。

 どちらも自転車を引きながらこちら
を振り返っている。歴史資料室の窓か
ら生徒たちの位置まではずいぶん離れ
ていたが、それでも互いに『誰か』を
認識することは出来た。


――侑久だ。


 千沙は智花と共にこちらを振り返っ
ている侑久を見、絶望した。

 すぅ、と頭の奥が冷えてゆく。
 暗がりの中で遠くから自分を見つめ
ている、よく見知った顔。
 けれど、その目は笑っていない。
 完全に表情を失くした顔から感じる
感情は、「失望」という二文字。


――終わった。


 冷えたガラス窓の向こうに釘付けに
なっていた千沙は、二人の責めるよう
な眼差しを受け止めることが出来ず、
目を逸らした。

 「ちょうど、帰るところだったよう
ですね。まさか、見られてしまうとは。
タイミングが悪い」

 冷笑しながら白々しくそう言った
御堂に千沙は拳を握りしめ、きっ、
と鋭い視線を向ける。
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