白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
千沙は枕に顔を埋めると、静かに目
を閉じた。
初めての、キスだった。
まさか、あんな形で奪われることに
なるとは思ってもいなかったけれど……。
思えば、御堂とは結婚をするのだから、
遅かれ早かれ、自分はすべてを彼に奪わ
れることになるのだ。それはどうにもな
らないことで、生理的に受け付けないほ
ど嫌ではなかったのだけれど。
――望んだ唇ではない。
心の奥底でそう思ってしまった自分
がいることに気付いてしまえば、どう
にも遣る瀬無い。
「……誰なら良かったって思うんだか」
枕に顔を埋めたまま、くぐもった声
でそう言えば、侑久の顔が浮かんできて
しまう。薄く、引き締まった彼の唇も、
重ねれば溶けてしまうように柔らかなの
だろうか?
その感触をひとり妄想してしまった
千沙は、生徒に劣情を抱く自分に呆れ、
自嘲の笑みを浮かべた。
きっと、侑久も軽蔑しているだろう。
この学園を継ぐ身でありながらあんな
場所でキスをして、しかもそれを生徒に
見られてしまったのだから。教師失格だ
と、失望しているに違いない。たとえ、
明日会えたとしてもどんな顔をすれば
いいのか……。明日は終業式で、学校で
侑久に会える数少ない日だというのに、
自分はもう、教師としても幼馴染みと
しても、彼に合わせる顔がなかった。
――もう、このまま消えてしまいたい。
どっぷりと自己嫌悪に浸りながら、
また深いため息をついた時だった。
コンコン、と自室のドアがノック
され、千沙は反射的に顔を上げた。
「……はい」
やや怯えた声で返事をすれば、不貞
腐れた顔をした智花が、トレーを手に
入ってくる。
「胃が痛むならちゃんとお薬を飲ん
でおきなさい、って。お母さんから」
つかつかと部屋の中に入り、きちんと
整理整頓された机に胃腸薬と水が載せら
れたトレーを置く。と、智花は椅子を
引き、すとん、と腰かけた。
「ああ、わざわざ……ありがとう」
のそりと身体を起こし、ベッドに腰
かける。もちろん、胃が痛むというの
は真っ赤な嘘だったが、不機嫌極まり
ない智花の顔を前にすれば、本当に胃
が痛みだしそうだ。
千沙は智花の顔を見ないようにして
机に歩み寄ると、母親が用意してくれ
た胃腸薬の蓋を開けた。
「……で、良かったの?御堂先生の
キスは。逃げてないで、感想聞かせて
よ。先生ぇ?」
「……うっ、ぷ!!」
薬を口に放り込み、今まさに喉に流し
込もうとしていた千沙は、歯に衣着せぬ
智花の物言いに、思わず吹き出した。
ぽたぽたと、顎を伝い水が滴り落ちる。
お約束のリアクションに、
「やだ、ちぃ姉。キタナぁイ」
と、肩を竦めた妹を、千沙は手の甲で
口を拭いながら睨んだ。
を閉じた。
初めての、キスだった。
まさか、あんな形で奪われることに
なるとは思ってもいなかったけれど……。
思えば、御堂とは結婚をするのだから、
遅かれ早かれ、自分はすべてを彼に奪わ
れることになるのだ。それはどうにもな
らないことで、生理的に受け付けないほ
ど嫌ではなかったのだけれど。
――望んだ唇ではない。
心の奥底でそう思ってしまった自分
がいることに気付いてしまえば、どう
にも遣る瀬無い。
「……誰なら良かったって思うんだか」
枕に顔を埋めたまま、くぐもった声
でそう言えば、侑久の顔が浮かんできて
しまう。薄く、引き締まった彼の唇も、
重ねれば溶けてしまうように柔らかなの
だろうか?
その感触をひとり妄想してしまった
千沙は、生徒に劣情を抱く自分に呆れ、
自嘲の笑みを浮かべた。
きっと、侑久も軽蔑しているだろう。
この学園を継ぐ身でありながらあんな
場所でキスをして、しかもそれを生徒に
見られてしまったのだから。教師失格だ
と、失望しているに違いない。たとえ、
明日会えたとしてもどんな顔をすれば
いいのか……。明日は終業式で、学校で
侑久に会える数少ない日だというのに、
自分はもう、教師としても幼馴染みと
しても、彼に合わせる顔がなかった。
――もう、このまま消えてしまいたい。
どっぷりと自己嫌悪に浸りながら、
また深いため息をついた時だった。
コンコン、と自室のドアがノック
され、千沙は反射的に顔を上げた。
「……はい」
やや怯えた声で返事をすれば、不貞
腐れた顔をした智花が、トレーを手に
入ってくる。
「胃が痛むならちゃんとお薬を飲ん
でおきなさい、って。お母さんから」
つかつかと部屋の中に入り、きちんと
整理整頓された机に胃腸薬と水が載せら
れたトレーを置く。と、智花は椅子を
引き、すとん、と腰かけた。
「ああ、わざわざ……ありがとう」
のそりと身体を起こし、ベッドに腰
かける。もちろん、胃が痛むというの
は真っ赤な嘘だったが、不機嫌極まり
ない智花の顔を前にすれば、本当に胃
が痛みだしそうだ。
千沙は智花の顔を見ないようにして
机に歩み寄ると、母親が用意してくれ
た胃腸薬の蓋を開けた。
「……で、良かったの?御堂先生の
キスは。逃げてないで、感想聞かせて
よ。先生ぇ?」
「……うっ、ぷ!!」
薬を口に放り込み、今まさに喉に流し
込もうとしていた千沙は、歯に衣着せぬ
智花の物言いに、思わず吹き出した。
ぽたぽたと、顎を伝い水が滴り落ちる。
お約束のリアクションに、
「やだ、ちぃ姉。キタナぁイ」
と、肩を竦めた妹を、千沙は手の甲で
口を拭いながら睨んだ。