偶然から始まった恋の行方～敬と真理愛～

「お前、何やっているんだ」
呆れたように女性を見つめる顔。

「夕食を作ろうとして手が滑ったのよ。結構深く切れてしまったから縫ってもらった方がいいかなって思ってきたんだけれど」
「バカだなあ、気をつけろよ」

私のこの人知っている、と思う。
でも、こんな風に人を叱る姿を見たことはない。
いつも優しくて、温厚で、頼れる消化器科医の、
「皆川先生？」
顔はそっくりなくせにあまりにも印象が違ってもしかして別人かしらと声が出てしまった。

「え、あぁ、真理愛さん？」
先生の方も驚いている。

「何、お知り合い？」
女性は不思議そうに私と皆川先生を交互に見つめる。

「以前父が皆川先生に診ていただいたんです」
「そうなの」

よく考えれば、ここで皆川先生に会うのはあまりいいことではない。
今はまだ敬の知り合いに敬也の存在を知られてはいけない。
困ったな、早くここから離れないと。
そう思って腰を浮かせた瞬間、

「環、その子は？」
皆川先生が敬也を見ている。
「真理愛さんのお子さんよ」

ああ。
事情を知らない環さんがばらしてしまった。

「真理愛さんの・・・」
ブツブツとつぶやきながら、皆川先生の視線は私が書いた問診に向いた。

これってかなりマズイかもしれない。

「とにかく、まずは環の手当てをしてしまおう。悪いけれど真理愛さん、今度はうちの子を見ていてもらえるかなあ？一緒にお子さんの診察もするから」
私の心配をよそに淡々と診療をすすめようとする皆川先生に少しホッとした。

「いいですよ」
すでに問診も書き終わったし、敬也も眠そうにしているし、お子さんを一人見ているなんて容易いこと。