メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

最初に目を覚ましたとき、確かに人がいたが、それが誰なのかはわからない。でも、その人がナースコールを押してくれたのはぼんやりと覚えている。そのあと、看護師が来て、医者が来て、と静かだった部屋が急に騒がしくなった。その間に安西は夢と現実をいったりきたりしながら、徐々に目を覚ましていったのだ。

全身が痺れていて、背中は燃えるように熱い。もちろん動くことはできない。声も出ない。

どうやら自分は深刻な状態にあったらしい。

晴夏と両親が来たときには、かなり意識もはっきりとしていた。
晴夏は「バカ兄貴!」と罵りながら大声で泣き、「よかった…」と母もポロポロと涙をこぼした。

まるでドラマのようだ。でも、この状況ではかなり心配をかけたのだろう。

「ごめん…」と精一杯の声を出した。

そこからしばらくの間は、ほとんど寝て過ごしていた。だんだん起きている時間が長くなってくると、刺された時のことを思い返せるようになってくる。

灯里に本当のことを告げようとしたとき、後ろからドンっと誰かがぶつかってきた。

「ヤマダさん!」
と叫ぶ灯里の声と、必死で安西を支えてくれた小さな体は記憶にある。でも、救急車がきて、救急隊員に自分の名と灯里の名前を言ったところで記憶は途絶えていた。

思わぬ形で自分が安西だということが伝わってしまった。
胸に鈍い痛みが走る。灯里は、どんな顔で安西の言葉を聞いていたんだろう。

安西が目を覚ましてから、灯里は一度も病室には来ていない。誰も灯里のことを話さないことにも気づいていた。

「灯里…」掠れた声でつぶやくと、「いつその名前が出るかと思っていたよ」と、見舞いに来ていた今西が下を向いてため息をついた。

「灯里ちゃんはいないんだ。身の回りの物だけ持って、いなくなったんだよ…」

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