メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

「離婚届を頂きたいのですが」
言いにくくてもじもじしたが、役所の人は何でもないことのように用紙をさらっと渡してくれた。ここでは日常茶飯事のことなのだ。別に珍しいことでも何でもないと言われたようで、少しホッとする。

結婚も離婚もたかが紙一枚のこと。

「よし」
灯里は前を向いて歩き出した。


用事を済ませて帰宅すると、タイミングよく電話が鳴った。

晴夏だ。

「灯里ちゃん!兄貴が目を覚ましたって、パパのところに連絡がきたの。私たちも病院に行くけど、灯里ちゃんも来て!」

弾んだ晴夏の声が響く。安西の意識が戻った。もう大丈夫だろう。

元々、安西の意識が戻ったら会わずに出ていこうと思っていたのだ。ちゃんと確認できてよかった。

「ちょっと用事があって…。陽大さんによろしく伝えて下さい。本当によかった…」

「そう…。私が言うのもなんだけど、ちゃんと兄貴に会ってあげてね」
遠慮がちに晴夏が言って、電話は切れた。

晴夏と安西は元々不仲ではなかったのだろう。甘えん坊の晴夏を仕方なく甘やかす安西の姿が目に浮かぶ。灯里のことで仲たがいしてしまったのだろうか。それなら申し訳ないことをした。

晴夏には本当に感謝している。兄弟のいない灯里にとって、晴夏は特別な存在だった。でも、もう会うことはないだろう。

「ごめんね。晴夏さん」
切れた電話に頭を下げた。

離婚届に署名し、今西に送る手はずを整える。
家を出ることにしたものの、まだどこに行くかは決めかねていた。
当初の計画ではいったん村に帰るつもりだったが、おそらく突然姿を消した灯里を心配して、今西と晴夏が探すだろう。

しばらく一人になりたい。となると、今まで移り住んだ場所以外のところがいい。
どこがいいかなと、久しぶりに部屋の中をぐるぐると歩きながら考えた。

その時、インターフォンが鳴った。
まさか晴夏?

「はい」
そっと出ると、そこには思ってもみない人物がいた。

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