御曹司の激愛に身を委ねたら、愛し子を授かりました~愛を知らない彼女の婚前懐妊~
「菫、いい加減にして。本当、菖蒲と違って言うことを聞かないんだから」

「あ……」
 
菫は菖蒲の名前を出され、胸の奥に鋭い痛みを覚えた。

母は菫が菖蒲と比べられるのを嫌がるのをわかっていてわざとその名前を口にするのだ。

菖蒲の名前を出せば菫がなにも言い出せず刃向かえないと知っていて、今も敢えて出したはず。

「今まで好きにさせてあげたんだから、いい加減菖蒲を見習ってうちのために働きなさい」

あきれ果てた声でそう言いながら、母は待たせているタクシーを指し示す。

「乗って」

「あ、私……」

菫の身体がふわりと揺れ、同時に母に向かって足を踏み出した。

まるで見えないロープに拘束された身体が母に引き寄せられるような、力ない歩み。

「やだ、行きたくない……黎君」
 
菫の口から悲痛な声がこぼれる。

頭の中では母に背を向け逃げ出したいと思っても、なぜか身体が思うように動かない。

母の鋭い視線に捕らわれ意に反して足が動いてしまう。

「黎君、助けて」
 
目の奥を熱くする涙が視界を滲ませる。

「新幹線の時間があるから急いで」

「あっ」

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