皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
 その天の声が、ミレーヌが六歳の時にこう言った。
 ――お父様をとめて。この大雨の中、出かけることをとめて。とにかく五分でいいから引き留めて。

 その日は大雨だった。国内のいたるところで大雨による被害が出ているということで、当時騎士団の副団長であった父親は休暇中であるにも関わらず、招集をかけられた。急いで屋敷を出ようとする父親にミレーヌは泣きながら言った。

「お父様、行かないで。ミレーヌのことを置いて行かないで」

 かわいい娘に泣かれてしまった父親は、一生懸命娘をなだめ、そして出かけようとする。とりあえず五分は泣き続けようと思っていたミレーヌ。それは、あの天の声が五分でもいいから引き留めてと言っていたからだ。この父親のことだから、行かないということは絶対にあり得ない。責任をもって任務にあたる。だから、ミレーヌはその『たったの五分』を引き留めることに全力を尽くた。

 そのとき、外から従者が駆けこんできた。

「旦那様、大変です。この大雨でがけ崩れがおきて、王城への道がふさがれてしまいました。一歩間違えれば、危うく、あれに巻き込まれるところでしたよ」

(天の声がお父様を助けてくれた?)

 幼いながらもミレーヌはそう思った。本当にたった五分引き留めただけなのに。
 だからこのとき彼女は、父親の命の恩人である天の声に、これからも従おうと心に決めたのだ。


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