花となる ~初恋相手の許婚に溺愛されています~

モンブランケーキ

翔哉くんの体調不良も、早めの対処が良かったのかすぐに回復して安心した。火曜日の話をすると、結局わたしは翔哉くんに言われた通りに夜遅くなる前に帰った。寝ている間に悪化しないかとか、本当はすごくすごく心配だったのだけれど、目が覚めたときにわたしがいたら、翔哉くんはきっと安心して眠れないと思ったから。状況が普段とは違う。わたしに体調不良の原因をうつしてしまうのではないか、とか、弱っている自分を見せたくない、とか、翔哉くんは色々考えてしまって、ゆっくり眠れなくなってしまうだろう。そうなってしまうのならば、わたしが帰ってたくさん眠ってもらった方がいいと思った。睡眠は万病に効く薬とよく言うから。
今週末もまた、いつものように翔哉くんの家に行って一緒に過ごす。家族も友達も、最初は、飽きないの?、と聞いてきたけれど、全然飽きることがない。だって大好きだから。大好きで結論付けるのもどうかとは思うけれど、本当に大好きで飽きないのだから仕方がない。

「おいしそうだね」
「いただきまーす」
「おいしい!」

土曜日は元気になった翔哉くんが、お礼にとケーキ屋さんに連れてきてくれた。お礼なんていいのに、とは言ったけれど、その心遣いが嬉しかった。
ここのケーキ屋さんは今の季節、モンブランがすごくおいしいらしくて少しだけ並んだけれど、並んででも食べたい味と見た目だった。口の中で、優しい甘さが広がる。

「おいしい…」
「おいしいもの食べると語彙力なくなるよね」
「おいしい…」
「晴喜、さっきからおいしいしか言ってないからね」
「だって、本当においしいもん」

翔哉くんとデートしたり、友達とおしゃべりしに行ったり、ケーキ屋さんに行くことはよくある。だから、おいしいケーキはたくさん食べてきたつもり。でも、ここのモンブランもリピートしたいくらいにおいしいと思う。友達と来るには、少し遠いから、また翔哉くんと来たい。

「翔哉くん、ケーキ屋さんとか詳しいよね。どこで知るの?」
「秘密」
「えー、秘密なの?」
「冗談だよ。会社の人とか友達に聞いたりとかがやっぱり多い。自分とは違う世界を生きてたり、生きてきたりした人と接するのは、自分の世界を広げるにはいいと思う」
「自分じゃない人は自分じゃない人の世界やコミュニティがあって、知ってることが違うもんね。面白いよね」
「俺たちの世界はさ、本当に狭い世間で構築されていて、きっとこれから色々な人と出会って少しずつ広がっていくんだと思う。それが楽しみだよ」

わたしは大学を卒業したら翔哉くんと結婚して家庭に入ることになるだろう。それでも、翔哉くんの周りや増えていく家族の周りでの新しい出会いなんかもあったりして、きっと世界が広がっていく。楽しみで仕方がない。
お互いに新しい出会いに楽しみしかないのは、お互いを信じられるというのも大きいのかもしれない。翔哉くんに新しい出会いがあってもわたしのことを好きでいてくれると思っているし、わたしに新しい出会いがあっても翔哉くんに対する気持ちは揺らがない。それは変えようのない事実だと思う。
翔哉くんがモンブランを口に運ぶ。翔哉くんは甘いものが好きだからとても嬉しそう。わたしもモンブランを食べる。甘くて、とてもおいしい。
二人で話しながら食べ進めていると、翔哉くんのスマートフォンが電話の着信を知らせた。

「誰だろう?」

翔哉くんがスマートフォンの画面を確認する。

「あれ、母さんだ。どうしたんだろう。ごめん、ちょっと出るね。…もしもし?」

電話の相手は翔哉くんのお母様だったようだった。昔から、わたしにも優しく接してくださるお母様。お菓子作りが趣味だと聞いていて、翔哉くんの甘いもの好きはここから来ているのではないかと私は思っている。

「うん、晴喜といる。今から?ちょっと待って、晴喜に聞くから。晴喜」

翔哉くんがわたしの名前を呼んで、わたしの顔を見る。

「はい」
「父さんと母さんが話があるから来てほしいって言ってるんだけど…行ける?」
「お話?」
「内容まではわかんないけど」
「うん、行ける」
「わかった、ありがとう。…もしもし、じゃあ行くよ。ちょっと遠くにいるから、三時くらいになるかな。はいはい、じゃあ、あとで」

電話が終わった翔哉くんがスマートフォンを操作して、テーブルの上に置く。

「話って何だろう?」
「改めて呼ばれると怖いけどね」

翔哉くんが苦笑している。話があると言われればわたしも少しだけ不安な気持ちになるけれど、話があると言われれば行かないわけにはいかない。きっといいお話だとポジティブに考えよう。そうしよう。

「お土産どうしよう?」
「いらないんじゃない?」
「いや、そういうわけにはいかないよ」
「ここのケーキは?」
「とてもおいしいけど、お母様もお菓子作りが得意だから…」
「ああ、何か作ってるかもしれないね。じゃあ、近くに有名なお茶屋さんがあるから寄ろうか」
「ありがとう」
「三時くらいに着くって言っちゃったから、食べ終えたらすぐに出発しようか。何かバタバタになっちゃった」
「でもモンブランおいしかった。連れてきてくれてありがとう」

わたしの言葉に、翔哉くんは嬉しそうに笑う。

「晴喜の、何事にも感謝できるところ、好きだなって思うよ」
「わたしも、翔哉くんが好きって言葉にしてくれるところが好き、です…」
「どうしてそんなに恥ずかしそうなの」
「だって」

この穏やかな日常がずっと続けばいいと思う。
モンブランは最後の一口も、甘かった。
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