花となる ~初恋相手の許婚に溺愛されています~

柔らかな光

わたしと翔哉くんは所謂許婚という関係性だ。幼い頃に互いの祖父が決めた約束。そのおかげで、物心ついたときには翔哉くんが隣にいるのを当たり前に思っていた。
四歳年上の翔哉くんは、わたしにたくさんのことを教えてくれた。平仮名を教えてくれたのも、九九を教えてくれたのも翔哉くんだった。そして、人を好きになるということ、その相手と思いが通じ合う幸福感、優しいキスも。


柔らかな光が、カーテンの隙間から射し込む。隣で眠る翔哉くんが身動いで薄く目を開く。脳が覚醒しきれないのか完全に無表情だ。ゆっくりと脳に酸素を届けて、少しずつ表情が出てくる。ずっと寝ている翔哉くんを見つめていたわたしと目が合って、翔哉くんはふにゃりと笑った。

「はるき、おはよう」

翔哉くんはわたしの名前を呼ぶけれど、まだ眠いのか、私の名前、はるき、は漢字に変換されていないようだ。
はるき。漢字にすると晴喜。祖父が決めた名前。使われている漢字の通り、わたしは晴れた日に産まれてきたとのこと。そして、小さく産まれてきたわたしが、喜ばしい晴れた日を数多く迎えることができるように、というのが由来だと聞いている。男性に間違われやすい名前だと思うけれど、自分の名前を嫌だと思ったことはない。翔哉くんが呼んでくれたときの、はるき、という音の響きが大好きだから。

「おはよう。まだ眠い?」
「少しね」
「まだ寝ていていいよ」
「晴喜は?」
「わたしは起きる。誰かさんが洗濯物を溜め込んでいるから片付けなくちゃ」
「…毎週毎週、本当に申し訳ない」
「冗談を本気に受け取られると、それはそれで困るんですけど」

わたしより四歳年上の翔哉くんは今二十五歳で、社会人四年目。おじいさまが会長、お父様が社長を務める貿易会社で働いている。でも、息子だからと甘やかされることなく逆に厳しくされているようで、平日は疲れ切って帰宅し、就職してから三年と少し経つけれど、家のことが全然できていない。そのため、金曜日から日曜日にかけてお泊まりをして掃除、洗濯、それから料理をすることが大学生になった頃からのわたしの常になっている。三年と少しで、わたしも家事スキルが上がったと思う。

「晴喜」

起きようとしていたわたしの腕を翔哉くんが引っ張る。そうすればわたしは意識せずとも翔哉くんの腕の中に逆戻りだ。

「おはようのキス、してなかったでしょ?」

そう言ってゆっくりと顔を近付けてくるから、わたしは目を閉じる。
翔哉くんとキスをすると、心臓の辺りがじんわりと温かくなって、とても満たされる。
唇を合わせることをキスというのだと、まだ知らなかった幼い頃から、翔哉くんとわたしのこの行為は始まっている。わたしは、翔哉くんの優しいキスしか知らない。でも、それでいいと思うし、それが幸せなのだとも思っている。
唇を離せば翔哉くんが目を細めて笑っていて。今日も幸せな日であることに感謝しながら、わたしは翔哉くんの体温を感じ、少しだけ自分の身体の奥が熱くなるのも感じた。

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