社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
***

「兄ちゃん、ホンマに覚えとらんのん?」

 八雲(やくも)にキョトンとされて、実篤(さねあつ)は鍋料理に伸ばしかけていた箸を止めた。

「覚えちょるも何も……」


 実篤は中学二生の頃から週に三回、高校受験対策で岩国駅近郊――クリノ不動産近く――の進学塾に通っていた。

 実家はJR山陽本線の岩国駅から下り方面へ四駅ほど離れた由宇町で、学校はもちろんそっちの校区に通っていた栗野(くりの)三兄弟妹(さんきょうだい)なのだが。

 両親が二人して麻里布(まりふ)町の不動産屋で働いていた絡みで、放課後は学童に預けられている小三の八雲と、小一の鏡花(きょうか)を中二の実篤が迎えに行って、三人で連れ立って電車で岩国駅まで出るのが日課になっていた。

 八雲が言っている〝あんぱんのうまいパン屋〟と言うのは駅から『クリノ不動産』までの道すがらにあった『木の下の子リス』という、絵本のタイトルになりそうな小ぢんまりしたパン屋のことだ。

 実際看板には子供がクレヨンで描いたような、胡桃(クルミ)を持ったリスの親子の下手可愛い絵が採用されていたのを、実篤も薄らと記憶している。
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