君が夢から醒めるまで


 じいちゃんの書斎に敷かれた布団の上で体を起こすと、頭に鈍い痛みを感じた。

「おはよう、二日酔い大学生さん」

 いつものように優しい笑顔と心配そうな表情が重なり合うばあちゃんに俺は父さんのことを思い出した。
 俺がまだ小さかった頃、父さんは深夜に仕事から帰ってくると俺の部屋をこっそり覗きにきていた。そして寝ている俺の様子を眺めながら小さな声で「おやすみ」と言ってくれた。その時間がたまらなく幸せで、俺は布団の中で必死に睡魔と闘い、起きていられた時はそんな父さんを薄目を開けてこっそり見ていた。そうはいってもまだ幼かった俺が起きていられた日はほとんどなく、そんな父さんの顔を見ることができたのは数え切れるほどしかなかった。それでもその数回でしっかり脳裏に焼きついた父さんの表情と、今俺を見つめるばあちゃんの表情がとてもよく似ていると思った。

「おはよう、文さん。あーごめん、俺あんまり覚えてないんだけど」

「でしょうね。昨日、宮部君が連絡くれたのよ。ちょうど私も近くにいたからそのままタクシーで連れて帰ったの。お父さんとお母さんに心配かけたくないでしょ?それにしても、飲んだら寝てしまうのは誰に似たのかしらね」

 ——父さんだよ。
 父さんはお酒を飲むと必ずそのまま寝てしまっていた。それでよく母さんに怒られていたのを俺も覚えている。
 それに、この書斎で父さんとじいちゃんは一緒にお酒を飲んでは二人してそのまま朝まで寝ていたという話を昔母さんから聞いたことがある。きっとばあちゃんも今、そんな息子のことを思い出しているのだろう。じいちゃんの遺影を見ながら口角を上げているばあちゃんを見ればそれが伝わってきた。

 普通ならこのまま父さんやじいちゃんの話をするのだろうけど、俺たちはそれをしない。いや、できない。
 俺もばあちゃんも、嘘つきだから。お互いに対しても、自分自身に対しても、これからも嘘をつき続けていくだろう。

「ごめん」

 嘘をつかせてごめん。そんな想いを込めて昨日のことを謝る。そして「ご迷惑をおかけしました」と付け加えてわざとらしく頭を下げてみると、

「本当にね。お詫びにお昼ご飯は匠真が作ってくれる?」

 と冗談まじりの声がした。「カレーしかまともに作れないけど」と答える俺にばあちゃんは声を出して笑うと、「一緒に作ろう」と台所へと急いだ。重たい体をなんとか動かして俺もその背中を追った。
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