一夜限りのはずだったのに実は愛されてました
「どうしたんだ?紗夜。痛いところがあるのか?」

私は首を振る。
松下さんが優しすぎるから、だなんて言えない。

松下さんは泣き続ける私をそっと抱きしめてきた。
私が拒絶しないことに安心したのが徐々に抱きしめる手が強くなってきた。

大吾さんには見つめられるだけで吐き気がするほど嫌だった。
腰を支えられ、お尻を触られ背筋が凍る思いだった。

でもこうして松下さんの腕の中は嫌じゃない。
やっぱり松下さんが好き。

私はどうしても大吾さんを選ぶことはできないと思った。
家族には申し訳ないけど大吾さんと結婚するくらいなら死んだほうがマシ。

私は松下さんの胸で散々泣いてしまった。
徐々に落ち着きを取り戻すと、こんなに松下さんの胸で泣いてしまったことを恥ずかしく思った。
ふと我にかえると、きてもらってすぐ泣きじゃくる私にどうしたら良いのか困っただろう。

顔を上げられずに困っていると泣き止んだ私に気がついた松下さんが頭の上から声をかけてきた。

「紗夜、スッキリした?」

私が胸の中で頷くと、頭を撫でられた。

「よかった。紗夜が1人で泣くんじゃなくて、俺の胸を貸せてよかった。さ、うどん作ってあげるから食べよう。力を出さないとダメだ」

そういうと頭にキスを落とし、ゆっくり私から離れた。
彼の体温がなくなり寂しくなるがそんなことは言えない。

彼は私のキッチンに立ち、ゴソゴソと料理を始めた。

「ごめんな、簡単なことしかできなくて」

そういうとシンプルなうどんが出来上がっていた。
湯気が立ち込め、出汁のいい香りがする。
久しぶりに食欲が湧いてきた。

「いただきます」

そういうと一口つゆを飲んだ。
泣きすぎて水分も塩分も足りなかったのかもしれない。体に染み込むような感じがした。
それよりも松下さんに作ってもらえたという優しさが嬉しくて美味しか感じるのかもしれない。
松下さんは不安そうに私の顔を見つめている。

「すごく美味しいです」

そう伝えると、ホッとした顔になった。

松下さんも一緒に食べるのかと思っていたのによそっていない。

「松下さんは食べないんですか?」

「いや、お見舞いできたから俺まで食べるのもどうかと思ってさ」

そんな遠慮をしていたなんて。

「一緒に食べてください。見られてると緊張します。それにとっても美味しくて力が出てきました」

「紗夜がそういってくれるなら……」

そう話したと同時に彼のお腹が鳴った。

あ……

「ごめん、紗夜に言われたら急にお腹空いてきたわ」

松下さんは立ち上がると鍋から自分の分をよそって戻ってきた。
2人で小さなテーブルに向かい合わせで座り、うどんを啜った。
本当はこんな小さな部屋で、2人で肩寄せあって生活するようなささやかな幸せで私は満足なのに。
美味しそうに食べる松下さんを正面に見ながら、ありえない未来を描いてしまいそうになった。
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