人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

2

 翌日、あらかじめ取りに行っていた太郎の車に乗り込もうとすると、絹江が小ぶりのボストンバッグを持っていることに気づいた。

「おばあちゃん、その荷物は?」
「あら、言ってなかったかしら。お墓参りを済ませたら、私たちはその足で温泉に1泊してくるって」
「いやいや、聞いてないけど。太郎くんは?」
「俺も今初めて聞いた」

 太郎も本気で驚いているのが見てとれた。

「どういうことよ? 2人とも、どういうつもり?」
「どういうつもりも何も、言い忘れてただけだ。ほら、先月の商店街の売り出しの福引きで、温泉宿泊券が当たったと言っただろう。よく見たら期限が今月いっぱいでな。お墓と同じ方面だから、ついでに行こうってことになったんだよ」

 2人が言い忘れていたわけではなくわざと言わなかったことに、叶恵は気づいた。
 言えば叶恵が反対すると分かっていたからだ。

「そういうことだから叶恵、太郎くんと2人で仲良くするのよ」
「いや、だから、太郎くんと2人きりだよ? いいの?」

 その言葉が太郎を1人の男性として意識していないと出てこないということに、叶恵は気づかない。

「何を心配してるのか知らんが、太郎くんがおまえのいやがることをするわけがないだろう。なあ?」
「んー、それは叶恵さんしだいかな」
「太郎くん‼」

 叶恵と違い、自分を意識してくれていることに気づいて嬉しくなった太郎は、いつもの調子で叶恵をからかう。

「さあさあ、早く行きましょう。向こうで観光する時間がなくなっちゃうわ」

 絹江と國吉がさっさとリアシートに乗ったので、叶恵は助手席に乗ろうとすると。

「太郎くんの車、左ハンドルなんだ」
「俺、向こうで免許取ったから、右ハンドルに慣れてないんだ。あ、叶恵さんが運転したいならしてもいいよ」
「丁重にお断りさせていただきます。ただでさえほとんど運転してないのに、左ハンドルなんてなおさらムリよ」

 叶恵はおとなしく右側に回る。
 墓地までの所要時間は約1時間。
 その道中は相変わらずにぎやかだった。
 2人の宿泊にぶつぶつ文句を言う叶恵を後ろの2人が必死でなだめ、太郎がその合間にからかい叶恵がそれに怒る。
 終始そんな調子だった。
 でもそれが本気で怒っているわけではないことを、叶恵が太郎と2人きりで1晩過ごすことにただ戸惑っているだけだということを、太郎はきちんと分かっていた。
 予定より少しオーバーして墓地に着き、4人で丁寧に掃除を済ませて手を合わせる。
 血がつながっている叶恵たち3人はもちろんだが、太郎も両親に頼まれた分、他人とは思えないほど熱心に手を合わせた。

「太郎くん、知らない私の両親のためにお参りしてくれてありがとう」
「気にしないで。俺はただ、叶恵さんと付き合わせてくださいって、ご両親にお願いしてただけだから」
「反対されたでしょ」
「ううん。付き合っていいよって、叶恵を頼むって言われた気がする」
「2人ならきっとそう言うだろうな」

 太郎の答えに大笑いする國吉を、叶恵はにらむ。

「おお怖い。さ、太郎くん。近くの駅まで送ってくれ」
「了解」

 駅で2人を降ろし、電車が発車したのを見届けて太郎は車を出す。

「叶恵さん、これからどうする? まだ昼前だし、このまま帰るのもったいないよね。遠出したついでにどこか行きたいところない?」
「行きたいところか……。んー、特に思いつかないな。太郎くんは?」
「夏だから海に行きたいな。それも人の少ないところ。泳ぐんじゃなくて、砂浜に座って海見てぼーっとしてたい」
「わがままね。行くのは全然いいけど、そんな都合のいいところあるの?」
「実は調べてきたんだ。そこの海岸、遊泳禁止なんだって。だからきっと海水浴客とか来なくて、静かなはずだよ」

 渡されたスマホのマップ画面には、所要時間30分と表示されていた。

「で、しばらくのんびりできるように、昨日ホームセンターでビーチパラソルとレジャーシートを買ってトランクに入れてあるんだ」
「太郎くんって本当に用意周到ね。もしも私が別のところに行きたいって言ったらどうするつもりだったの?」
「そのときは後日また改めて、海に行こうって誘ったよ」

 早見に誘われることはあれほど苦痛だったのに、太郎に誘われるのはまったく苦痛じゃない。
 今日だって、帰りたいと言えばきっと太郎は帰ってくれただろう。
 でもなぜか、それはもったいないような気がしたのだ。

「……なんか、太郎くんには敵わない気がする」
「どういうこと?」
「うまく言えないんだけど、私が何をしても、何を言っても、それをきちんと受け止めた上で、太郎くんの都合のいい方に持っていかれてるっていうか、そんな感じがする」
「そして、それがいやじゃない自分に戸惑ってる?」

 驚いて太郎を見た。
 まさにそうだったが、言い当てられるとは思わなかった。

「自分の都合のいい方に事を運んでるとは思わないけど、叶恵さんのことを受け止めようとするのは、叶恵さんのことが好きだからだよ」
「……」

 ストレートな告白に耳まで熱くなり、ごまかすように窓の外に目を向ける。
 太郎が有名人じゃなかったら、自分は素直に太郎の想いを受け入れられただろうか。
 そう考えてしまった自分に、叶恵はうろたえそうになる。
 そんなもしも、考えても意味がないことは分かっている。
 今隣にいる太郎が有名人であることは紛れもない現実であり、そうである以上、太郎の想いを受け入れることはできない。
 それ以前に、太郎が自分なんかを本気で好きになるはずがないと、太郎の想いを信じきれない。
 でも、太郎と一緒にいる時間は好きだ。
 こうして出かけることも。

「リクエストがないなら、そこに行くけど、いい?」
「うん、いいよ」
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