人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

3

 途中で見つけた弁当屋で昼食に弁当を買って目的地に向かうと、太郎の予想どおり人けはほとんどなく、近所に住んでいるらしい小学生が数人遊んでいるだけだった。
 2人で協力してビーチパラソルを立ててレジャーシートを敷きながら、叶恵はふと思い出した。
 そういえばずっと昔に、こういう海に遊びに来た気がする。
 隣のターくんと出会う前、まだ両親が生きているときに。

「叶恵さん。ボーっとしてるけど、どうかした?」
「あ、ううん。何でもない。もうすぐ12時だし、お弁当食べちゃう?」
「そうだね」

 2人並んで足を伸ばして海を向いて座り、膝の上に弁当を広げる。
 食べている間は、珍しくあまり話をしなかった。
 両親とのことを思い出していた叶恵の雰囲気を察したからだろう、太郎があまり話しかけてこなかったので、叶恵からも話しかけなかったのだ。

「……ねえ、叶恵さん。何かあった? ここに着いてからなんとなく元気がなくなった気がしたんだけど、俺の気のせい?」
 
 食べ終わって一息ついたところで、太郎がおそるおそる切り出してきた。
 やっぱり気を遣わせてしまったと申し訳なく思い、叶恵は素直に謝る。

「気を遣わせてごめんね。太郎くんのせいじゃないから安心して。ここに来たら、両親のことを思い出してしまって、それで……」
「ご両親のこと?」
「うん。亡くなる少し前に、両親と3人でここみたいに人がほとんどいない海に遊びに行ったの。今となってはあれがどこだったかは分からないけど、ものすごく楽しかったことだけは覚えてる。それこそ帰りたくないってダダこねたくらいにね」
「そんなことがあったんだ」
「うん。私がはっきり覚えてる唯一の両親との思い出だから、懐かしくて切なくなっただけなの。気を遣わせてしまって本当にごめんなさい」
「謝らなくていいよ。俺じゃご両親の代わりにはならないけどそばにはいるから、しばらく思い出に浸ってなよ」

 と、太郎に肩を抱かれた。
 驚きはしたもののいやではなく、むしろその優しさに安心して、叶恵は太郎の肩に頭をもたせかける。

「……最近ね、よく小さい頃のことを思い出すの」
「小さい頃って?」
「前に話した初恋の男の子の話、覚えてる?」
「覚えてるよ。隣に住んでた1歳上の幼馴染みでしょ」
「うん。……実はね、その子の名前、太郎くんっていうの」
「ウソだろ⁉」

 リアクションを楽しみにして顔を上げて太郎を見ると、太郎は唖然としていた。
 もちろん叶恵はそれを演技だと気づくはずもない。

「ホント。その子の両親は共働きで忙しかったから、今の太郎くんみたいに毎日のように一緒に遊んで宿題して、夜ご飯もよく一緒に食べてたんだ」
「いい思い出?」
「うん。太郎くんがうちに来て太郎くんって呼んでるせいか、その子と一緒に過ごしたことを思い出すことが増えたの。それがきっかけかどうかは分からないけど、ここにきて久しぶりに両親のことまで思い出した。それで、懐かしいのとか切ないのとかが溢れてきて、気持ちがぐちゃぐちゃになったみたい」

 今度は自分から太郎の肩に頭をもたせかけると、太郎がそっと頭を撫でてくれた。
 そういえば両親がいないことが淋しくて泣いていたら、今のようにターくんが頭を撫でてくれていたっけ。
 20年ぶりに同じことを太郎にされたことがおかしくて、叶恵はクスッと笑う。

「ん? くすぐったい?」
「そうじゃないの。その子も私が泣くと今の太郎くんみたいに頭を撫でてくれたな、って思い出して」
「その子とは20年会ってないって言ってたけど、会いたいとは思わないの?」
「会えるなら会いたいかな。でも、会わないままの方がいいかなとも思う」
「どうして?」
「会ったときの自分の感情がどうなるか分からないから。私と同じように懐かしんでくれなかったらショックだし、結婚してたらなんだか淋しくなりそうだし、昔と変わらない距離感だったら照れて戸惑いそう。そういうことを考えたら、思い出は思い出のまま綺麗に仕舞っておく方がいいのかな、って」

 本当は隣にいると教えたいという衝動に太郎が駆られているとも知らず、叶恵は自己完結する。
 決して会いたくないわけではない。
 むしろ最近は頻繁に思い出しているせいか、今はどこで何をしているのだろうと気になるし、機会があれば会いたいとも思う。
 その反面、今さら会ってどうなるというのだろうという気持ちも消えない。
 会わなかった20年という時間はあまりにも長すぎて、その時間をどのように埋めたらいいのかが分からない。

「太郎くんは、初恋の人と再会したときどうだった?」
「俺はすぐに彼女だって分かったけど、彼女は俺に気づいてくれなかったな」
「それは仕方がない気がするけど」
「どうして?」
「だって普通は思わなくない? 久々に会った幼馴染みが有名人になってるなんて。私だったら気づかないと思うし、気づいたとしても驚いて心臓止まりそう」
 
 もしもターくんが有名人になって現れたら、と想像してみる。
 そもそも20年も会っていないのだから、有名人だろうが一般人だろうが気づくことはできないと思う。

「たしかにそうかもしれないけどさ。でも俺は会ってすぐに気づいたのに、彼女はまったく気づいてくれなかったから、なんだか悔しくて」
「その人は太郎くんが山内蓮だって知ってるの? 会ったりはしてないの?」
「会ってるって言ったら嫉妬してくれる?」

 ニヤニヤ笑っていたので、冗談だとすぐに分かった。
 バカなことを言わないで、と笑って済ませればいいことも。
 でもなぜかそうできなかった。

「嫉妬かどうかは分からないけど、胸の中が少しだけもやもやする。太郎くんはその人のことが大切なんだよね?」
「もちろん大切だよ。でもそれは思い出としてであって、今は叶恵さんを大切にしたいと思ってる」
「ありがとう。……正直に言うと、太郎くんのことは好きだと思う。一緒にいたら楽しいし、家族みたいに気を遣わずにいられるし。でもその好きが人として好きなのか男の人として好きなのか、まだ自分でよく分かってないの」
「俺は焦ってないから、ゆっくり考えてくれていいよ。人として好きって言われただけでも嬉しいし」

 太郎を好きなことは確かだ。
 でも付き合いたいかと考えると、どうしてもためらってしまう。
 有名俳優の彼と一般人の自分では、どう考えても釣り合わない。
 それでもまだしばらくは、一緒にいてほしいと思う。
 太郎が家にいるだけで、自分だけではなく國吉も絹江も楽しそうだから。
 結局、太郎の好きという気持ちを自分の都合のいいように利用しているだけかもしれない。
 そう自己嫌悪に陥りつつも、言い訳をしているのだ。
 どうせこの同居は3ヶ月の期間限定だから、と。
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