人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

3

 ごみを片付け、アイスコーヒーをもらって飲むと、思わずふうっとため息が漏れた。
 我に返ったときには手遅れで、ごまかす前に太郎に怪訝な顔を向けられる。

「あ、ごめん。ちょっと仕事のことを思い出してしまって……」
「もしも俺に話せることなら聞くよ。聞いたことは言いふらしたりしないし」
「ありがとう。今日、仕事が遅くなったのはね……」

 叶恵は運ばれてきた急患のことを、ポツリポツリと話し始めた。
 5歳の女児とその母親が青信号を横断中に居眠り運転のトラックに轢かれたこと、母親が本能で女児をかばったため女児は無傷だったが母親は重体だったこと、手を尽くしたけど結局救えなかったこと、女児が母親の死を理解できていなかったこと。

「こういうケースは初めてじゃないけど、そうそうあるわけでもなくて、うまく言えないんだけど、ほかの助けられなかった患者さんのときより、ショックが大きくて……」
「小さい頃にご両親を亡くしてるから、どうしても感情移入してしまうんだろうね」
「うん、そうだと思う。でも、私がショックを受けてもどうしようもないんだけどね」

 自嘲した叶恵は隣に座る太郎に肩を引き寄せられ、頭を優しいぬくもりで包まれる。

「泣いてスッキリするなら、泣いた方がいいよ。こうしてたら俺にも見えないでしょ」
「太郎くん……」

 泣くつもりはなかったが、太郎の思いやりが心に沁みてきて、叶恵は太郎の胸を借りて静かに涙を流す。
 その間、太郎は何も言わずに叶恵を抱きしめて、叶恵が落ち着くまで穏やかな手つきで頭を撫で続けた。

「……ごめんね、泣いたりして」
「少しはスッキリした?」
「うん、ありがとう。シャツ濡らしてごめん」
「今のまではノーカウントにしてあげるけど、次にごめんって言ったらキスするからね」

 雰囲気を変えるために言ってくれた太郎の思いやりに、叶恵はまた泣きそうになる。
 それをごまかすために叶恵は太郎に抱きついた。

「太郎くんのおかげで気持ちの整理がついた。ありがとう」
「どういたしまして。これからはいくらでも胸を貸してあげるから、泣きたくなったらいつでも言って。でもそのあとは、きちんと笑顔を見せてね」

 励ますように背中をポンポンと叩かれ、叶恵は涙をこらえて頷いた。

「俺は患者さんのために涙を流せる叶恵さんもいいなと思うけど、俺の言うことに何でも笑って言い返してくれる叶恵さんが、一番好きだよ」
「私ってそんなに何でも言い返してる?」
「自覚ないの? 気持ちいいくらいテンポよく、思ったことを言い返してくれるよ。そういう天真爛漫なところ、本当にいいよね。俺、叶恵さんといたら退屈しないもん」

 太郎の何げない言葉に、ふっと何かが脳裏をよぎる。
 天真爛漫という四字熟語。
 よく聞くけれど、普段はあまり使わないそれを初めて聞いたのは、ターくんからだった。
 あれは確か、ターくんが引っ越す少し前だった。

「昨日さ、お母さんの友達に、太郎くんは天真爛漫ねって言われたんだ」
「テンシンランマンって何? 外国語?」
「日本語だよ。明るくて素直でかわいいって意味だってお母さん言ってた。でも、俺よりカナの方が天真爛漫だよね」
「んー、それはよく分からないけど、ターくんがかわいくないことだけは分かる」
「言うと思った。だからカナといると退屈しないんだよなあ」

 ……まさか。
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