人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

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 太郎がターくんだなんて、果たしてそんなことがあるだろうか。
 でも、太郎とターくんが偶然同じことを言う可能性と同一人物である可能性なら、後者の方が圧倒的に高い。
 仮に2人が同一人物だとすると、ほかに根拠となることは……。
 少し考えただけで、いくつも出てきた。
 國吉と絹江が太郎に居候を勧めたこと、幼馴染みと再会したときに気づいてくれなかったと言ったこと、オクラ嫌いをカレーで克服したこと、何より太郎という呼び名。
 すべての事柄が一直線につながって、ひとつの答えを照らし出す。
 信じられないけれどほぼ間違いない、驚き以上に嬉しい答え。
 ゆっくり体を引き離し、叶恵は泣き笑いの表情で太郎を見つめる。

「……私、今やっと分かった」
「分かったって、何が?」
「ターくん、だったんだね」
「‼」

 太郎の驚きの表情は瞬時に笑顔に変わり、今まで以上の幸せそうな表情で叶恵を見る。

「やっと分かったか。カナ、気づくの遅すぎ。でも、どうして分かったの?」
「昔、ターくんに言われたことを思い出したの。カナは天真爛漫だから、一緒にいると退屈しないって。太郎くんが今さっき言ったことと同じだって気づいて、全部つながった」
「俺、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ。それで私、天真爛漫って四字熟語覚えたんだもん」
「俺って成長してないな」

 苦笑する太郎を、心の底から愛おしいと思った。
 好きになった人が実は幼馴染みの初恋の人だったなんて、まるで奇跡のようだ。
 その奇跡を与えてくれた太郎に、叶恵はもう1度抱きつく。

「きちんと成長してるよ。20年ぶりに会って気づかないくらい、かっこよくなった」
「そんなこと言われたら、今まで気づかなかったこと許さないわけにはいかないな」
「今までずっと気づかなくて本当にごめんね。ヒントはたくさんあったのに……」
「ねえ、カナ。俺がさっき言ったこと、覚えてないの?」
「え? 何を……」

 問い返す前に体を引き離され、チュッと音を立ててキスをされる。

「次にごめんって言ったらキスするって言ったよね?」
「あ、うん。はい。言われました。でも、今のはノーカウントでよくない?」
「ふーん。カナは俺にキスされるのイヤなんだ?」
「誰もそんなこと言ってないじゃない。太郎くん、成長したっていうかタチが悪くなったよね。イジワルだし」
「カナも相当タチが悪いからお互い様だよ。カナと暮らし始めて俺が何度カナに煽られて、どれだけ我慢したか分かってないよね」
「う、あ。ごめ……」

 禁止ワードを言いそうになった叶恵は、慌てて口をつぐむ。

「んー、残念。もう少しだったのに」
「危ないところだった」
「ハハハ。じゃあそろそろ帰ろうか。帰りは階段のほうが近いから、そっち通ろう」

 荷物を片付けて立ち上がった太郎に手を差し出され、叶恵は今まで以上の愛おしさを感じながら太郎の手を握った。
 つないだ手から伝わる太郎のぬくもりに、再び幼馴染みのターくんに会えた嬉しさを感じ、この手を2度と失いたくないと強く思った。
 そして、太郎が会いに来てくれたこと、好きになってくれたことを、心の底から太郎に感謝した。

「ねえ、太郎くん。おじいちゃんとおばあちゃんは、山内蓮が太郎くんだってことに最初から気づいてたの?」
「うん。だから居候させてくれたんだよ」
「でも、どうして私にはターくんだってこと教えてくれなかったの?」
「幼馴染みっていう有利な条件なしで、今の俺を好きになってもらいたかったから」

 1段先を下りていた太郎がふっと立ち止まり、叶恵を振り返る。
 目線の高さが同じだなとぼんやり思っていると、真剣な眼差しを向けられた。

「……カナはさ、俺がターくんだって知らなければよかったとは思わなかった?」
「思うわけないじゃない。太郎くんがターくんだって知って驚いたけど、本当に嬉しかったよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「前に言ってたじゃん。ターくんとは会わないままの方がいいと思うって。思い出は思い出のままとっておきたいって。だからちょっと気になって」
「たしかにあのときはそう思ってたけど、あれは会えないことが前提だったからそう言っただけで、会えた今となっては会えてよかったって思ってるよ。でもまさか初恋のターくんをそうと知らずに好きになるとは思わなかったから、ビックリはしてる。同じ人を20年越しで好きになるなんて、私こそ成長してないのかもね」

 さっきの太郎の発言を引用した叶恵の言葉に、太郎はプッと吹き出す。

「カナのそういう上手い切り返し、本当にいいよね。一緒にいて退屈しないもん」
「私もね、今の太郎くんとくだらない会話するの、すっごく楽しいと思ってた。でもそれって結局、原点はターくんだったってことなんだろうな。居候太郎くんのことはもちろん好きだったけど、さっきターくんだってことに気づいて、それまで以上に太郎くんのことを好きになったよ」

 ドサッとその場にバッグを下ろして、つないでいない方の手を自由にした太郎は、そのままその手で叶恵の目を覆う。

「え? どうして目隠し?」
「俺、今すっごいニヤけてる自信があるから、カナに見られたくない」
「太郎くんのニヤけてる顔、すっごく見たい。見せてよ。でもきっと、そんな顔もかっこいいんだろうな。なにしろ山内蓮だし」
「カナ、俺のことからかってるだろ。そういう悪いこと言う口は塞ぐしかないと思うんだけど、どうする?」
「う。ごめんなさい。もう言いません」

 しまったと思ったときには遅かった。
 目を覆っていた手が頬に添えられていて、太郎の顔が近づいてくる。
 唇が重なる寸前、太郎はあえて叶恵と視線を合わせてニヤッと笑った。

「残念。引っかかった」
「ずる……っ、ん……」

 反論の言葉は、あっさりと太郎のキスでかき消された。
 そのままするりと太郎の舌が侵入してきて、叶恵の舌を誘い出そうとするようになぞってくる。
 叶恵が誘惑に負けそうになったタイミングで太郎はゆっくり唇を離し、叶恵の濡れた唇を親指で拭って苦笑する。

「ヤバい。ここが外だってこと忘れてた」
「太郎くんがしてきたんじゃない」
「カナがごめんって言うからだろ。っていうか、そんなエロい顔しないでくれる? 本気で我慢の限界だから、さっさと行くよ」

 叶恵の手を引き、今までより歩調を速めて階段を下りていく。

「行くってどこに?」
「俺の家。もう我慢しないよ。今までのツケ、全部払ってもらうから覚悟しといてね」
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