独占欲強めな御曹司は、溢れだす溺愛で政略妻のすべてを落としてみせる

 そして結婚すればその情欲を発散する選択肢は極端に狭まる。不可能ではないが倫理的に実行可能であることを考えると、結子もそろそろ腹を括らねばならない時期だろう。

 なんて理路整然と考えてはみるが、心の動きは案外本人の予想とは異なるもの。

 奏一の意外な優しさに触れて、彼の『待つ』という言葉に身を委ねていたが、最近は考えが変わりつつある。まだ未完成の感覚だが、少しずつなら自分の本心を見せてもいいと思えてくる。

 いじわるばかりだった昔とは違う。今の彼になら……少しだけ心を許せると思える。

「……じゃあキスだけ」
「……」
「それも嫌?」

 そっと訊ねられ、まだ恥ずかしさを覚えながらもふるふると首を振る。

 嫌か、と問われれば、嫌ではない、と思う。何をされてもいいと思うわけではないが、少なくともこの一カ月、彼が結子に無体を働くことはなかった。

 こうやって至近距離で触れ合うのもはじめてだが、どうしても嫌だ、という感情は湧き起こらない。

 結子の意思を確認すると、奏一の右手が左の頬に触れる。細長い指先で髪に触れられ、その毛束をそっと耳に掛けられる。空気に晒された頬に、ゆっくりと彼の唇が近付いてくる。

 心臓の音がばくばくとうるさい。首を傾けた奏一の顔が頬に近付くと、それだけで足の裏や背中にまで変な汗がにじむ気がする。

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