独占欲強めな御曹司は、溢れだす溺愛で政略妻のすべてを落としてみせる
黒いスーツに黒縁眼鏡をかけた男性が、結子の顔を見てにこりと微笑む。人の良さそうな男性の笑顔につられて一礼すると、相手の男性が名刺を取り出して結子の前に差し出してきた。
「ブライダルサロン責任者の上野です」
「はじめまして。佐山 結子と申します」
その名刺には彼の肩書と『上野』という名前が記されていた。
両手で相手の名刺を受け取ると、結子もハサミやナイフなどの作業道具が入ったワークポーチからカードケースを取り出す。そしてそこから自分の名刺を一枚取り出した瞬間に、しまった……と自分の失態に気がついた。
(佐山って名乗っちゃった……)
結子が奏一と結婚してからまだ数か月。職場に置いてあるワークポーチの中の名刺はすでに差し替え済みだが、今日持ってきた予備のワークポーチの中の名刺は『入谷』に差し替え忘れていた。しかも先ほど、うっかり旧姓である『佐山』を名乗ってしまった。
訂正すべきかと逡巡する。
だが決断は早かった。
(ま、いっか。今日だけだし)
今日の結子は臨時のフローリスト兼フラワーデザイナーだ。奏一と上司の間で単発の依頼を承る約束は交わされたが、それはあくまで今日だけの話。
オーロラベールとイリヤホテル東京エメラルドガーデンは長期的な取引契約を交わしたわけではないのだから、上野と会うのもおそらくこれきりになる可能性が高い。