独占欲強めな御曹司は、溢れだす溺愛で政略妻のすべてを落としてみせる

(そう言えば本気で怒ったのはじめてみたかも)

 結子は奏一がこれほど怒った姿は見たことがない。たまに少し怒ったり悲しいんだりつまらなさそうな顔を見せることはあるが、結子のイメージする奏一は常ににこにこと笑顔の姿だ。今日のような姿は、どちらかと言えば彼の双子の兄である響一のイメージに近い。

 けれど、いや、だからこそ、奏一には似合わない。確かに結子はずっとずっと響一に憧れていたけれど、奏一に響一の真似をしたり、彼になって欲しいわけではない。

「結子は俺の部屋においで」
「あ、待って……私、終わるまではブライダルサロンにいたいの。すみっこの邪魔にならないところでいいから」
「……でも」
「会場に人が入る前の最終チェックと、ブーケの確認もしたいんだ。だからここにいさせてほしいなって。……だめかな?」
「……ん。わかった、いいよ」

 結子の要望に、奏一は渋々といった表情だったが、一応許可をくれた。

 そして上野が逃亡しないように『役員会議室』と思われる場所に向かった彼の後を追っていく。その後ろ姿は結子の知っている奏一のものとはなんとなく違う。

(奏一さん……?)

 結子はもう気付いている。奏一には奏一の良さがあって、自分はその『彼らしさ』に惹かれている。笑顔で結子を癒してくれる彼に惚れている。

 だからこんなトラブルなんて早く解決して、早くいつもの笑顔に戻って欲しい。いつもみたいに優しい笑顔で名前を呼んで欲しいのに。

 長い廊下の先へ進むにつれてだんだん小さくなる背中は、結子が不安を覚えるほどの大きな落胆を背負い込んでいた。

< 75 / 108 >

この作品をシェア

pagetop