雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「それにしても、不動産鑑定士の問題ってすごく難しいんですね。私、さっぱりわからなくて、どこから手をつけたらいいか……」
「なにから始めてるんだ?」

 困った顔で吉井さんが微笑むと、面倒見のいい進藤が彼女のテキストを覗き込んだ。
 見ると、民法の過去問をしているらしい。

「背信的悪意者排除説の要件ってどういう意味ですか?」
「それはな……」

 吉井さんは過去問の解説文をさらに進藤に解説させている。用語だったら、調べたらわかるのに。
 そう思うけど、進藤が嫌な顔ひとつせずに教えているから、まあいいかと思う。
 私は私でせっせと会計学の問題を解いていくけど、横で声がしていると気が散って仕方がない。
 進藤の解説する声に、吉井さんの感心する声。

(私がここにいる意味ってなんだろう?)

 それに、結局、進藤は教えてばかりで自分の勉強ができていない。
 これって、吉井さんのためだけの勉強会になってない?
 モヤモヤする。

 コーヒーがなくなったから、進藤に退いてもらって、おかわりを注ぎに行く。
 戻ってきて、仲睦まじく二人がしゃべっている姿を改めて見ると、そこに入っていく気が失せた。
 
< 73 / 95 >

この作品をシェア

pagetop