雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「そろそろ行くぞ」
 課長の呼びかけに、進藤と私は立ち上がる。
 今日は基本設計に入った例のプロジェクト関係で、ゼネコンの担当者が課長を口説いて、懇親会をすることになったのだ。
 そういう場は苦手だけど、相手は何度か一緒に仕事をしている人たちなので、まだマシだ。

 会場は、個室のある懐石料理店。
 部屋に入ると先方はもう来ていて、課長は課長同士、進藤は綺麗なお姉さんに両脇を固められ、私は立石さんという男前の営業さんの横に座らされた。
 立石さんは三十代のいかにもエリート然とした人だ。
 銀縁眼鏡にすっとした目元、端正な顔立ち。物腰もスマートで、モテるんだろうなという匂いがぷんぷんする。

「皆さん、とりあえずビールでいいですか?」

 あまり呑むつもりはないけど、みんなに合わせてうなずく。
 乾杯をした後、それぞれに歓談を始めた。
 私の相手は立石さんがしてくれるらしい。

「安住さんとこうして呑むのは初めてですよね?」
「そうですね」
「一度ゆっくりお話ししてみたかったんですよ」
「どうしてですか?」

 不思議に思って聞き返したら、立石さんはゆっくり瞬いた。
 社交辞令にまともに答えちゃった。
 こういうところがダメだなぁと思うのだけど、さすが立石さんはできる営業。すぐフォローしてくれた。

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